「政宗よ、人はどこまで飛べると思う」 開け放たれた窓からひらりと注いだ赤い葉を指先に取りながらごんべが呟いた。 また突拍子のないことを。手入れの終わった刀を鞘に納めながらそちらを見遣る。 「問いの意味がわからんな」 「そのままさ、人間はどうしてどこまで飛べようか」 「人間が飛べる筈なかろう、馬鹿め」 一刀両断すれば「うんうん、そうだよねえ」とつまらないように指先の楓をくるくると弄ぶ。 もう冬の頭にさしかかろうという時期に窓を開け放し、ふわふわとわからぬことを言う。ごんべという男は昔からこうで、今ではもうその真意を問おうなどという気にもならなくなった。 「人間には翼が無いものね。では、政宗はどこまで飛べる」 「儂は竜。次代の先まで飛んでゆく」 「竜にも翼はないのに、どうやって飛んでいくのだろうね」 地に足つけた竜なんてただのでかい蛇だよ、言いながら手の内の楓をくしゃりと握り潰し、ひらりと開かれた掌からまるで火の粉のように残骸が舞い落ちた。 竜は飛ぶ。暗雲を泳ぎ、雷鳴を盾にし、その牙で天地縦横を切り裂くのだ。 「そう、竜は暗雲立ち込めてこそ、飛翔出来る。安穏とした空では飛び立てないのだよ政宗」 くるりと反転しこちらを見据えるごんべはここ最近で一番機嫌が良いように思える。全くもってこやつの思考は読めない。否、もう読もうとも思わぬのだが、それでも付き合いの長さというものは、思考云々とは別に感じ取ってしまうものがあるようだ。 「つまり、お前がこの戦に乗り気だということはわかった」 「翼が無くて飛び立てないなら飛び立たずとも地を変えてしまえばいい」 聞こえるか政宗、地を覆う暗雲の音が。 耳を澄ませば急いた馬の嘶きと、何やら言い合う声が聞こえる。ははあ、これは。 「俺は雲だ、小十郎も慶次も皆お前の足場となり盾となる」 「もう一人来たようじゃがな」 「"あれ"も同じさ」 はは、と笑うごんべの声に被さるように廊下の奥から聞き馴染んだ声のと怒号と足音が近くなる。 三つ足の烏の翼を竜の翼に代えられまいか。 ごんべは「羽飾り程度にはなるのではないか」と不敵に笑った。 2015/12/12 |