いつも賑やかな彼女がその時間だけはただ静かに瞳を閉じる。
落ちる髪の影になる白い顔、伏せられた薄い瞼を飾る長い睫、小さく可愛らしい輪郭をとる鼻と唇は、祈りの手に隠されて見えない。

 その表情は真剣なようにも、ただ無垢なようにも見える。"でうす様"とやらに捧げる祈りは、毎朝決まった時間に捧げられる。
 俺は彼女がそうしている間に出立の準備を終わらせ、ゆっくりとした時間の中で、未だに十字架を握り微動だにしない彼女を見つめていた。

 以前彼女が嬉々として"でうす様"の話をしてくれたことがあった。その話をする彼女があまりにも楽しそうで、嬉しそうで、愛らしいものなので、うんうんと相槌を打っていたのだが、実際は自分は"でうす様"だの教えだのいうものには全く興味が無い訳で、結局はその話のことは何も覚えていない。

 そんなことを考えていると、ふと彼女が顔を上げた。美しい横顔が、いつもの愛らしい表情になり、大きな瞳がこちらを捉える。


「もうよろしいのですか」
「うむ! ごんべの方は仕度は済んでおるか」
「ええ、いつでも発てますよ」


 うむ!といつもの元気な返事をして外へ飛び出していく彼女を追いかける。


「ほむ! 今日も良い天気じゃ!」


 太陽の光を全身に浴びる彼女はとても眩しくて、思わず目を細めてしまう。世間知らずでお転婆で無鉄砲で、危なっかしいにも程がある彼女を守ることが俺の役目だ。邸宅を飛び出したガラシャ様を追いかけて、見つけたものの頑なに戻らないと啖呵を切られてしまったものだから光秀様に頼まれて、まあ頼まれなくても自分から付いていくつもりではあったけれど。ガラシャ様の旅の護衛として同行している。

 孫市とかいう軟派な優男だとか、小少将なんて派手な女だとか、おおよそガラシャ様の教育上よろしくない人間の多いことに頭を抱えているが、そんな中でも彼女は成長しその見聞を広げている。その嬉しそうなお姿を見ているだけで、この旅の意味、己が随行する意味を見出せる。

 だがひとつだけ、気に入らないことがある。

 祈りを捧げる彼女の瞳にはなにも映らない。否、きっとその"でうす様"が独占しているのだろう。信じるだけで救われる、なんて。異国の神はそんなにやさしいものか。付喪神さんだとか、まだこちらの行いに対して同等の恩恵を齎す存在の方が信用出来るというものだ。

 そんな(俺から見れば)不審な存在を信じる彼女が悪いわけじゃない。ただ、ただ俺のわがままなのだけれど。

 その瞳を"でうす様"に捧げるのであれば、少しでも俺だけを映す時間が欲しいのだ。貴女を守るのは、最期までこの自分でありたいと願うから。


2015/12/10

and all...