午前の練兵を終え昼餉をとり、そのまま半蔵の自室へと転がり込む。 この邸の中で半蔵の部屋が一番日当たりがよく、また物が少ないので大の字で昼寝するのにこれ以上とない環境なのだ。 無論、この部屋の主が在宅の際は中々許しては貰えない(それでも無理矢理転がる)のだが、生憎今日は昼前から外出中であり、つまり今この部屋は我が城と化しているわけだ。 「師匠〜」 一刻ほど経っただろうか。未だ陽は高く、障子越しにその暖かさを感じる。 人が近づいてくる気配がして目を開けると、しばらくして聞き馴染みのある声が聞こえてくる。部屋の前の庭まで来て部屋の主が出てくるのを待っている。 「しーしょーおー」 「きみのお師匠は今いないぞ」 「うわっ」 起き上がるのが面倒で、畳を這って障子を開ける。想像していた人物と違ったためか目の前の青年、佐助が肩を跳ねさせた。 「気配で誰がいるのか察せないとはまだまだだなあ」 「うるせーよ! つーか、師匠は?」 「昼前から出かけてるけど」 「はあ!? なんだよ師匠、俺には朝っぱらから課題ふっかけていったくせに!」 言うと「なんなんだよ!」と佐助は立腹する。どうやら早朝から修行という名の雑用を任せられて、あげく報告にきたら当の師匠は外出ということらしい。半蔵はそういうところあるからなあ。 俺も半蔵がいつ帰ってくるかは聞いていないので、残念ながら奴を庇い立てすることは無理だ。 「なんぞ採ってきたなら俺が見てやろうか」 「いいよ、師匠に直接見てもらうから」 「じゃあ一緒に寝ようぜ」 はあ? とでも言いたげな顔をして、言われる前にその腕を取った。 小柄なその体はいとも簡単に己の腕の内に収まる。一瞬呆けた佐助がすぐに離せと暴れるのを軽く抑えて畳に転がせた。 半蔵以外にはとんと懐かない、野生動物のような彼の毛並みを整えるように頭を撫でてやると、益々やめろと威嚇をする。指先をすいと鼻先にやれば今だと噛み付こうとする。 今にも唸り声が聞こえてきそうな佐助の背中を宥めるように叩き続けると、やがて抑えた腕から力が抜けるのを感じ、見やればうとうととして眠りに落ちかけている。 半蔵のことだからきっと陽が昇るよりも早く用を言い渡し山に放ってきたのだろう、先ほどからあまりにも眠たそうな顔をしていたのだ。 眠ればいいとは言うが、半蔵がいないこの徳川屋敷の中で佐助が安心して眠ることの出来る場所は存在しない。きっとまたどこか人目につかない山中の、木の上ででも気を張りながら眠ろうとする。 育ち盛り、は過ぎた頃とはいえ安らぐ場所がないのはあまりに不憫だ。不憫、という言葉を彼に直接向けるのは良くないとは思うけれど。 少し手荒ではあったが、こうでもしないと甘やかさせてもくれないのだからまあいいだろう。 すん、と自身の人差し指を嗅ぐ。なるほど、この香油は中々有用そうだ。 「何をしている」 「お、半蔵おかえり〜」 陽もとうに落ちた頃、この部屋の主が帰ってきた。思ったよりも早かったなあと思っていると、半蔵は俺を見て、そしてその横に転がって静かに寝息を立てている佐助を見遣ってため息をつく。 「お前はともかく、何故佐助までがここにいる」 「俺が昼寝に誘ったの。あ、半蔵の言い付けはちゃんとやってあったよ」 「……」 はあ、とわかりやすくため息をつかれるがそんなことは知ったことではない。大方甘やかすなだの勝手をするなと言うのだろうとわかるが、たまには無駄なほどに甘やかされるのもいいと俺は思うわけですよ。 「お前の言いたいことはわかる」 「俺も半蔵の言いたいことわかる」 じゃあこの話は終わりな、と手を叩けば一層大きなため息を頂いた。半蔵は人が言うよりもずっとわかりやすい。眠る佐助を見て少し安心したように一瞬目を細めたところなんて。 「親心だなあ」 2016/11/28 |