「忍びとしての生き方しか知らない子にひどいこと言うねえ」 帰城の道中、真田屋敷から数里離れたところでその黒い影に投げかける。 黒い影、服部半蔵は何も言わずにただ流れゆく小川の緑を眺めていた。 「忍びの道を開いたのは半蔵なのに、急に違う生き方の選択を与えるなんて」 「……」 「選択を与えられたことなんて、あの子にはないのに」 「だからこそ」 だからこそ、いま選択することを覚えさせようと言うのだ。いずれ、また一人になった時のために。 「半蔵は言葉が足りないし、選択させる部分が間違ってるんだよねえ」 「……」 「忍びは生き方を変えることは出来ないよ。変えられるのは、仕える相手ぐらいだね」 さっきの言葉では、あまりにも佐助を突き放しすぎている。いや、もしかしたらそれが目的なのかもしれないけれど。 あの子が真田に潜ってから何度か様子を伺いに行ったことがある。徳川にも服部忍軍という忍者が多数いるが、真田のそれはうちとはまるで違う。家康様だって家臣や我ら忍びにも気を配ってくださるお優しい方であるが、真田というものはそこが少々他とは違って思える。 自身が行った訳ではないので、何がどう違うとは己では計り知れないが、佐助の様子を見ているに、あの子が望むものがそこにはあるのではないかと思っている。 そうであれば、俺だって佐助が望んだ道に進んでほしいと願っている。 「不器用だなあ」 「……」 「言っておくけど、お互いに、だからね」 この師にしてあの弟子あり、だ。よく師匠の背中を見て育ったと思う。 うんうん、と頷いている内にいつのまにか半蔵の姿が消えていた。 「佐助はもう戻ってこないと思うよ」 「……奴が選択した答えがそれならば、それでよい」 敵となるなら倒すまでだ、といつもとまったく一緒の声で言う。そういう選択になることは俺もお前もあの子もみんなわかっている。 それでも俺はあの子を仲間だと思っていたから、少しの哀愁だけは感じざるを得ないのだ。家族を奪った武士に、家族を与えられるというのは、一体どんな気持ちだろう。 ただ、あの子の家族にはなり得なかった俺には何を言う権利もないのだけれど。 「寂しいわねえ、お父さん」 「……誰がお父さんだ」 「俺がお父さんで、半蔵がお母さんでもいいよ?」 じゃり、と音がするのと同時に飛び上がる。一瞬前までいた場所には深く鎖鎌が突き刺さっている。 佐助がいたらどちらが親でも嫌だと言いそうだなあ、なんて思いながら。 寂しくない、とは否定はしないのだ。 2016/11/28 |