| 戦の直後の匂いは、正直少し好ましい。 人々が生きていた証の匂いが充満して、それが荒廃した大地を吹き抜ける風に攫われ、空へ、冥土へ昇っていく。 誰にも看取られず、ろくに弔われる事なく腐敗していく者達の唯一の救い……のように思う事にしている。 まだ使える物や、めぼしい物が落ちていないか死体を足で掻き分け探す。 死体をぞんざいに扱う事に慣れてしまうと結局のところ、救いだなんだなんてのは建て前であり、俺は血の匂いが好きなのだと思う。生業柄、と言ってしまえばそれまでだが、その事実が己を人間離れさせているのではないかと思うと少しだけ悲しいような気持ちになった。 打ち直せばまだ使えそうな刀などを幾つか拾い集めたところで、もう一人の男を視界に捉える。 鎖鎌で何かを執拗に斬りつける影、肉が裂ける聞き慣れた不快な音。 それはいつも戦の後に見る、その男の抱える邪悪の片鱗だった。 「やめな、三太夫」 制止の声をかけても三太夫は肉塊にひたすら鎌を突き立てる。しばしそれを眺めた後、俺が大きく溜め息をつくとやっと立ち上がり、ふらりとこちらを振り返った。 「見ろよごんべ。この鎧、生きてりゃさぞ立派な武士サマだったんだろうよ」 足で転がした死体は確かに足軽とは違う上質な鎧の残骸を纏っていた。 首も切り取られ持って行かれているのだから、それなりに名のある武士だったに違いない。 しかし死体を持ち帰る味方もおらず、今はただ三太夫の憎しみの捌け口となるばかりの死体を少しばかり哀れんだ。 立ち上がった三太夫の隣にしゃがみ、目を瞑って手を合わせる。一寸して、横で風を切る音がした後に、ぐちゅん、と肉塊が地面に叩きつけられるような音がして、血と泥が混じり合ったどろどろとしたものが顔にかかったのを感じた。 「ごんべ、やめろ。不快だ」 不快なのはこちらの方だが。 と言いたいのを飲み込んで、渋々と立ち上がる。顎を垂れるものを拭ってみるとそれはやはり血泥であった。 「死んだ後くらい静かにさせてやってくれよ。死んだら何者でもないんだから」 「そりゃ、育ての親の言い付けか?」 「親なんてもんじゃなかったよ。なんせ、お前に会って飛び出してきた場所なんだから」 今はもう無いかもしれないなあ、あの寺も。 久しく思い出す事も無かった場所も、こんな戦場跡で思い浮かべると少しばかり感傷に浸ってしまう。戦孤児だった俺を拾って寝食を与えてくれた寺には感謝している。 けれど、俺が求めたものはそこには無かった。ただ生きるだけの日々は虚ろで、寺の教えもいまいち身にならない。経を唱えるだけでは生活は何も変わらないと理解したからだ。 そんな時にただ偶然に、三太夫と出会った。薪を拾いに行った森の風がやたらと騒がしいと感じた日だ。 疾風のように通り過ぎた男の目には炎が灯っていて、宙を舞った残り火に心を焼かれてしまった。 持っていた薪を落としても気にも留めず、ただのその残り火を追って行った。大きな鳥の様に感じた影はあっという間に見えなくなって、焼けた心が焦れる。 途端、ふわりと身体が浮いたかと思うと俺の身体は大きな鳥に抱えられて、風の速度で森を駆け抜けた。 それからここまでは、それこそ風が吹き抜けるように一瞬だった。 三太夫は俺に衣食住を与えてくれ、自力で生きるための術を教え、家族と呼んだ。孤児だった俺には家族というのはいまいちピンと来なかったが、同じような境遇の者達を集めてそう呼ぶのだから、そういうものなのかと納得することにした。 三太夫は武士を憎んでいて、武士に復讐をしたがっている。 俺は正直孤児になった時の記憶なんてものは残っていないから、武士に対してそこまで憎しみは抱いていない。死者の身体を凌辱している三太夫を見るのは何とも言えないが、家族である三太夫のしたい事には協力してやりたかった。 手に獲物を握ったまま佇む三太夫の前に立ち、その面を外してやる。 炎の宿る目は何度でも俺の心を焦がす。俺よりも随分と恰幅の良い身体に腕を回し抱き締めると、頭上で引き攣ったような吐息が聞こえて身体に掛かる重みが増した。 子供をあやす様に背中をぽんぽんと叩いてやると、更に体重をかけるものだからさすがに限界があると声を上げる。 「なんだよ、いい気分になってたのに」 「自分のガタイと年を考えろっての」 ふてくされた様に口を尖らせる三太夫の目から炎は失せて、代わりに沈みかけの夕日を捉えて橙に染まる。 何度も見ている 地面に置いた刀達を再度拾い集めて、三太夫の背を追う。 いつの間にか先程の死体から剥いだ鎧を手にしていて、直すかバラして素材を売るかと思案している。 俺達はまだ武士に生かされている。 それでも、もし武士の世の中ではなくなった時に俺達が生きていられたのなら、この複雑な家族の情の正体を晴らしてやりたいと思った。 2021/07/19 zzz / ▼top |