| 「光秀殿! 少々お時間頂けるだろうか!」 「ごんべ? 構わないが、一体どうしたのだ」 日々苛烈になり続ける戦と戦の合間、珍しく緩やかに時間が流れていた昼下がり。ドタドタと賑やかな足音と共に居室の障子から顔を覗かせたのは、ななしのごんべという男だった。 浅井・朝倉討伐の折り、流浪の身であったごんべは織田の客将として参陣し、その時の功績を以て織田家への仕官を許され、そしてごんべたっての希望で私の麾下に入る事となった。 明朗快活という言葉が相応しい彼は私の臣下の中では特殊な存在だったが、特別浮く事もなく誰とでも仲良くやっているように思える。そんな彼がわざわざ私の部屋まで赴き相談に来るなど、よほど深刻な事なのだろうか。 ごんべに座るように促し、筆を置いてごんべの正面に向き直る。 「実は、利三の事で相談が」 「む、利三……?」 思いがけない人物の名前に少しばかり驚く。利三は愛想こそ足りない所はあるが、それ以外に特筆すべき欠点など思いつかない。更に相手がごんべであるなら、ごんべの方が上手く立ち回りそうなものだ。 「利三と折り合いが悪いか?」 「いやいや、そういう訳ではなくて」 「では一体……」 何が。と尋ねようとすると、出来る限り足音を抑えつつも速足で近付いてくる気配に気がついた。この足音は聞き慣れたものだ。しかし、いま部屋にはその人物と蟠りを持つ者が控えている。このまま二人を合わせて良いものかと思案し始めるが、それよりも先に少し息を上げた利三が顔を覗かせると同時にごんべが口を開いた。 「殿! こちらにごんべが参っておらぬか!」 「光秀殿! 利三を俺にください!」 利三にしては珍しく大きな声を出すものだから、危うくごんべの言葉を聞き逃すところだった。 ごんべは今なんと……? 聞こえたはずが理解が追い付かない状況に利三を見遣ると、利三もまた目を剥きごんべを見遣っていた。 「ごんべ、今のはどういう」 「殿! そのような戯言に耳を御貸しにならずともよい! ごんべ、貴様は話の途中で駆けて行ったかと思えばこのような事で殿の時間を無駄にしおって」 「俺は利三と添い遂げたいのです、光秀殿」 「人の話を聞け、ごんべ!」 さすがのごんべもわざわざこのような冗談を言いにこんな所まで赴く筈は無い。となると、ごんべは至って真面目に利三と添い遂げたいと考えているという事か。いや、そもそもごんべと利三はそれほどまでに好い関係を築いていたのか、初耳だ。ふむ、と顎に手を遣り考え込む私の目の前で、利三とごんべはああでもないこうでもないと論じている。というよりは、利三が一方的にごんべに説教をしているように見えるのだが。 利三の説教。それは利三にとって愛情表現の一種だと、長年の付き合いで心得ている。相手を大事にしているからこそ、相手と良好な関係を築いていきたいからこそ、くどくどと説いてしまうのだ。ずっとそれに助けられてきた。俺を大事にしてきてくれた利三を、大事にしてくれる者が傍らにいてくれるのならば俺にとってそれは得難き幸福だ。 「利三、お前はごんべの事をどう思っているのだ」 「は……、どうもこうもござらん。殿、こんな事を真に受けて考えずとも」 「ごんべは真剣に利三の事を考えている。その誠実さには正面から向き合わなくてはならない。そうだろう?」 明智家臣たるもの、誠意には誠意を。 身に染みてついた言葉に利三は苦虫を嚙み潰したような顔をして、ひとつ大きな溜め息を吐くと諦めたように「好いております」と言葉を溢した。 「そうか。ならば俺の許可など不要だろう?」 「でも利三が『それがしの身命は殿の物ゆえ、殿の許しが無くては毛の一本もくれてはやれぬ』と言うので」 「当然だ。それがしは殿が為すべきを為すその時のために存在しているゆえ」 我が家臣ながら、利三の忠心に勝る者が他にいようか。何度も言われ続けている言葉であっても、聞かされる度にそう思ってしまう。利三とはもはや一蓮托生とも言うべき間柄で、俺がこの先『為すべきを為す』ためには利三が必要不可欠だ。きっとそれはごんべも解っている。 「ごんべ、俺は、利三を"連れて"いってしまうだろう」 「それは利三が望む事。そこに俺は介入出来ない。だけど光秀殿がその先に進む時、送り出した利三が独りで逝かぬよう、最期の最期を頂きたいのです」 「ごんべ……そんなことを……」 畳に手を付き、深く深く丁寧に頭を下げるごんべを見遣る利三の顔を俺は一生忘れないだろう。ごんべの頭を上げさせ、今度はこちらが頭を下げる。利三が慌てて止めるが、俺の大事なお前と添い遂げようという相手なのだ、これくらいはさせて欲しい。 「ごんべ、利三のことを頼む」 「はい! やったな、利三!」 「……はあ」 利三の肩を抱き喜ぶごんべと、その横で頭が痛いと額を押さえる利三を見て、いよいよ歩みを止める事は出来ないと改めて思う。しかし、この先どんな結末が待っていようと絶対に悔いはないと胸を張れることは確かだった。 2021/07/03 zzz / ▼top |