「三太夫」
「……ん。ごんべ……?」
「珍しいな。お前が朝寝坊とは」


 言われて部屋の入口を確認すると、普段ならまだ薄暗くぼやけている障子が、真っ白な陽光を浴びて暖かく反射している。完全に太陽が昇っている証だ。
 朝に弱い訳ではない。いつもならとっくに活動を始めている時分だが、今朝はどうにも起き上がる気になれずに褥の中で転がっていたらこの有様だ。今日も何だったか出向く用事があった気がするが、考えるのも面倒臭い。
 ごろりと仰向けに転がると、ごんべが俺の額に手を当てて「熱は無いな」と呟いた。体調不良の類ではないと思うのだが、なんとなくこの状況が勿体ない気がして額に当てられていた手を引っ張り、ごんべの身体を抱き寄せる。


「なんだ、まだ寝惚けているのか」
「んん……体調が悪りぃから添い寝してくれ」
「嘘を吐け」


 腰に両腕を回すと、さっき熱を計った手で今度はぴしゃりと額を打たれる。ごんべは俺の戯言なんて全部お見通しで、かつ容赦が無い。だから傍に置いている訳だが、たまにこんな日くらい甘やかしてくれてもいい筈だ。


「お前、今日は秀吉の所に行くと言っていただろう」
「ん? あー……秀吉だったらバックレても大丈夫だろ……」
「馬鹿たれ。お前の悪い癖だぞ」


 腰に回した腕を取り、立ち上がると「そら、起きろ起きろ」と掛け布団を剥ぐものだからたまらない。春が近く、陽も登ったとはいえ寝巻ではまだ肌寒い。返せと手を伸ばすが、無残にも足で押さえ付けられてしまう。俺なんかよりもずっと鬼だ、こいつは。
 いよいよ叩き起こされて、褥の上に座らされ櫛を通される。何度も寝返りを打ったせいか、いつもよりもぼさぼさになった髪は絡まるようで、その度に容赦無く引っ張られ首が悪くなりそうだ。


「ごんべ、痛ェ。もちっと優しくしてくれ」
「うるせえ。大体なんで自分で出来ない髪型をしてんだよ、お前は」


 梳いた髪をまとめて縛り上げて、櫛を置く。まとめた髪で輪を作り、通して縛り、またそれを何度か繰り返す。その度に引っ張られる感覚だけはいつも心地良い。
 なんで自分で出来ない髪型をしてるかって、そりゃあ答えは決まっているだろう。


「お前に手間をかけさせたい」
「くくっ。知ってるよ」


 最後の輪に通して、留めたのが分かる。完成した髪を確認して「よし」と言うと、突然うなじに吸い付かれて思わず声を出してしまう。項を押さえるが、手の感覚だけではどうなったか分かる訳もない。


「何しやがる」
「痕は付いてねえから安心しな」


 じゃ、そろそろ着替えろよ。と布団をまとめて出て行こうとしたごんべの腕を引っ張って、抱き締める。面倒臭そうな顔をされたが関係ない。耳に、首に、口付けをして吸いついて、唇に触れようするとそれよりも先にごんべの唇が吸い付いてきて、なんだ乗り気じゃねえかと口を開いた瞬間、舌を強かに噛まれて反射的に仰け反ってしまった。


「、づ……」
「やる事もやらずに甘えるな。さっさと支度をしろ」


 口の中の鉄臭さを吐き出し、のろのろと立ち上がる。
 ああもうまったくやる気が起きねえ。
 ガチャンガチャンといつもより荒れた手付きで鎧を纏う俺を、ごんべが腕を組んで見ている。
 着替え終えて、不機嫌さを隠さずにごんべを睨みつけると「帰ってきたら可愛がってやる」なんて言って出て行ってしまった。
 まったくなんて奴だろうか。たったその一言で俺のやる気と機嫌は回復し、秀吉にまでどうしたのかと驚かれる始末だ。

 つまり、仕事の後には楽しみが必要だ、ということを身を持って知る事となったのだった。


2021/07/09


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