「俺の勝ちだな、光秀さん」
「不覚……退くしかないようだ」


 激しい鍔迫り合いで痺れた手をぷらぷらと振る。
 敵の総大将・明智光秀を下した事でこの戦はまもなく終わりを告げるだろう。共を連れて退く光秀さんと、どうやら日置神社に篭っていた織田信長も撤退したらしい。
 当初はあまりの戦力差にどうしたものかと首を傾げていたが、真っ当な戦でならいざ知らず、自分達の庭で俺達伊賀忍団が負ける事などあろうはずもなかったのだ。
 まあ、勝手知ったる半蔵や、単純に武力で勝る光秀さんには苦労させられたけど。

 ともかく、しばらくはこの伊賀の里に武士共が押し寄せて来る事は無いだろう。愛用の小太刀の血を振り払い、里内の破損などを確認しながら三太夫の元へ走る。
 思ったよりも明日からの修繕作業が大変そうだなあ、そういえば今日の夕餉まだだったなあ、などと完全に戦は終わったものだと思っていて。

 だから、三太夫の元に辿り着いた時、未だに武器を携えたまま獣の目をしていた三太夫に目を瞬かせたのは仕方が無い事だった。


「憎き武士がまだ一人、残ってたなあ」
「……三太夫?」


 声を掛けても反応を返さない。憎き武士とは一体誰の事だろうか。
 今やこの里には武士など誰も残っては──────、いた。

 思い当たった時には既に三太夫はその場から姿を消していた。追わなくては。向かった先は解る、柏原城だ。ここからだと距離があるが、走るしかない。
 一仕事終えた後にこの全力疾走は中々キツイ。あいつ、俺に光秀さんの相手させておいて自分は体力温存してやがったな。身内ながらに忌々しい、と歯軋りをする。


「やはりそなたとは相容れなかったようだな」


 城の様子が確認出来る所まで来た頃には、既に獲物を構えた三太夫と久秀さんが対峙していた。いくら久秀さんの獲物が飛び道具だとしても、多勢に無勢、ましてや相手は修練を積んだ精鋭の忍達だ。久秀さんに兵は無く、三太夫と数人の忍が久秀さんを取り囲んで、まるで狩りを楽しむ獣の集団と化していた。


「久秀、てめえを討ち取って今日の戦を終いとしよう」


 三太夫が獲物を構え直し、一気に距離を詰める。久秀さんも獲物を構えるが、あれでは三太夫は防げない。

 やめろ。それは、俺の──────


「──────ッ! ごんべ!」
「……何やってんだよ、てめえは! 三太夫!」


 自分でも驚く程の瞬発力だったと思う。きっと今なら俺は伊賀一の忍を名乗ってもいいはずだ。
 ガチガチと鉄同士が擦れ合う音が不快で渾身の力で弾き飛ばす。一旦距離を取り、再度小太刀を構え直そうとすると周囲の忍達が一斉に襲い掛かってくる。咄嗟の苦無で急所を外してやったのは、同門に対する少しの情けだ。


「殺されたくなきゃ、さっさと散れ!」


 恫喝すれば傷を負った忍達は我先にと逃げ出していく。言っておくが、俺は今まで里の者達をこんな風に恫喝したり傷を負わせたりした事は無い。無慈悲な三太夫とは違って、仲間を大切にするお優しい副頭領のごんべさんだったのだ。
 それだけ、今回の事の重大さは深刻だ。
 ともすれば、三太夫を殺す事も厭わない程の怒りだった。


「なんと。私を捨て駒にすると思えば、今度は仲間割れですか……やはり、忍など下劣な異物よ……!」


 その言葉にひゅっと喉が鳴る。今すぐ三太夫の喉元を噛み千切ってやろうと構えていたが、そんな事よりも重大な事がある。三太夫を殺しても、久秀さんに嫌われては、意味が無い。


「えっ、やだやだうそやめて久秀さん! 忍の事を嫌いになっても俺の事だけは嫌いにならないで!」


 切っ先を下ろして久秀を振り返り、必死に縋って懇願する。それまでの雰囲気が霧散して、その上胸元に縋りつく忍を見たら、さすがの久秀さんも面食らったのだろう。そんな顔もあまりに紳士的でたまらない。


「そうは言われましても……」
「お願い久秀さんホントになんなら三太夫の事は殺しておくから俺のことだけは許しておねがい」
「ごんべ、テメェ! ふざけてんじゃねえぞ!」
「ふざけてんのはどっちだよ! 久秀さんを討ち取るなんて聞いてねえぞ!」


 キッと三太夫を睨みつける。そうだ、こんな話は俺は聞いてない。今回は織田の侵攻を退けるだけの楽しい楽しい戦だったはずだ。だから久秀さんだって協力してくれたし、久秀さんの亡霊だ〜と慌てふためき逃げ出していく織田兵の姿を楽しめたんじゃないか。
 こんな事前の作戦で取り決めなかった事なんて知ったこっちゃない。どうせ、昂った三太夫が勢いのまま言っているだけだ。それでも三太夫が本当に久秀さんを討ち取るつもりなら、俺は迷わず三太夫の首を落とすつもりだが。


「なんで武士の味方をしやがる。この裏切り者が!」
「裏切ったのはそっちだろ! 久秀さんの事は俺の好きにしていいって言ったのに!」


 信貴山城から久秀さんを救い出したあの日、三太夫は俺に「久秀の面倒はお前に任せる」と言ったのだ。俺が飛びあがるほど喜んだのをこいつは知っているくせに。まあ、忍にとって約束を反故するなんて日常茶飯事ではあるが。
 久秀さんはもう俺のものなのに、三太夫にいいように扱われるなんて絶対に許さない。


「ね、久秀さん。三太夫が駄目って言うなら二人で逃げよう? 俺の事は嫌いじゃないでしょ?」
「……まあ、ごんべ殿には信貴山城から救って頂いた恩はありますが……」
「逃げる? そりゃ伊賀忍を抜けるって事か? そんな事許す筈ねえだろ」
「うるさいな。三太夫の許しなんて要らないんだよ。ね、久秀さん俺と二人で生きよう」
「ごんべ殿……!んっ……む、ぅ……」


 つい勢い余って久秀さんの口を吸ってしまったが、久秀さんは本当にいつも良い香りがする。これはお香なんだろうか、あまりにも自分とは縁の遠いものなので不思議で仕方ない。もっと欲しい。もっとずっと傍にいたい。
 なんだかんだ久秀殿も抵抗してこないものだから、いっそこのまま連れ去って全部貪り食ってしまいたい。
 この首に当てられた鎖鎌さえなければ、すぐに行動に移すのになあ。


「ふざけんなってんだよ、ごんべ! 今すぐこの場で殺してやる!」
「上等だコラ! お前をぶっ殺して久秀さんと逃避行してやる!」


 そこからはもう酷い有様だった。織田軍との戦いなんてあってなかったようなものだと言うくらい全力の殺し合いが里の中で行われるものだから、避難する者、巻き込まれて怪我をする者、どっちが勝つか賭けをする者、全く意に介せず夕餉を食べる者、相変わらず自由に生きてるな伊賀忍達は!
 呆気に取られていた久秀さんもいつの間にか部下の忍達が屋敷へ連れて帰っていたようで、結局俺と三太夫だけが夜通し不毛な争いを続けていた。
 勿論勝敗なんてつくはずもなく揃って倒れ込み、朝日を浴びる頃には部下達に回収されて行く様を久秀さんがなんともいえない顔で見ていたと後から聞くのだった。


(ああ久秀さん。後で返事を聞きに行かなきゃなあ)


2021/07/08


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