「明智十兵衛光秀と申す。今は朝倉家の客将として末席に加えさせて頂いている。これからよろしく頼む」
「ななしのごんべです。よ、よろしく……」


 正直「なんだこの男は」と声に出てしまわなかった事が不思議でならない。
 驚くほど綺麗な顔と逞しい体躯、落ち着いた声、誠実さを表す真っ直ぐな姿勢、そして話を聞く程に圧倒的な実力。どこを取っても完璧じゃないか。
 悔しいので粗のひとつでも無いのかとまじまじと光秀を眺めていると、横から光秀の家臣の斎藤利三(こいつもだいぶ見目が良い)が出てきて咳払いで圧をかけてきたので、やめた。
 有能な家臣まで持って、どこまでも完璧な男だと思った。


「長政殿、来てくれたのですね」
「勿論! 越前の危機に駆けつけない浅井ではありませんよ」
「ごんべも。前回よりそう日も経っていないのに、ありがとうございます」


 そう言って柔らかく微笑む義景様は今日も大変美しい。


「いえ、俺にとっても越前は大切な国ですので気になさらないでください」


 越前と北近江の往復なんて正直微塵も苦では無い。なんなら毎日通ってもいい。許されるならいっそ越前に住んでしまいたい。義景様の手を取ってそう叫びたい気持ちを抑え込んだのはもう何度目だろうか。
 努めて平静に挨拶をして長政の後ろに下がろうとした所で義景様に呼び止められる。
 越前国内での一揆や略奪行為の鎮圧については事前に話し合ってあるので、それ以外で出陣前に声を掛けられるのは珍しい事だ。内容が何であれ、義景様と言葉を交わす機会が増えるのは歓迎の他に無い。
 緩みそうになる顔をどうにか取り繕って振り向くと、義景様は外に声を掛ける。

 そうして部屋に入って来た相手が、冒頭のそれだ。


「前回の騒動の際、一緒に戦ってくれたのを覚えていますか? ごんべには挨拶がまだだったでしょう」


 義景様に促されて自己紹介をする明智光秀は、誰がどう見ても絶世の美丈夫と言うのではないだろうか。顔の良さの圧に加えて、羨ましいほどの上背を持った体躯に圧巻されてしまい、返答がしどろもどろになってしまった。
 くそ、義景様の前では常に良い恰好をしていたかったのに。


「ごんべは浅井家家臣ですが、越前の為によく働いてくれます。腕も立ちますから共に切磋琢磨するには良い筈ですよ」
「義景様がそこまで仰られるとは。ごんべ殿、共に越前の安寧の為に頑張りましょう」
「はは……畏れ多い事です」


 折角義景様に褒められたってのに乾いた笑いしか出ないなんて。
 そりゃあ義景様のためにも人は多いに越した事はない。でもこの状況を見て単純に喜べるはずがない。
 だって見て欲しい。義景様と光秀が並んだ画の美しさが凄まじい事になっている。そのまま屏風画になっていてもおかしくない。
 あまりの神々しさに目を眩ませていると、斎藤利三がやって来てもうそろそろ出陣の刻限だとその場を切り上げさせた。ちょっと眉間が痛くなってきたのだが、三人並んだ時の暴力的な画に目が潰れたんだと思う。


「長政」
「ごんべ、遅かったな……どうした?」
「いやちょっと視覚の暴力を受けて」


 眉間を押さえながら浅井の陣幕をくぐると、既に出陣の用意を整えていた長政に訝しげに見られる。「いつものやる気はどうしたんだ」なんて言われても、光秀の事を考えるととてもじゃないが集中出来る気がしない。
 義景様の隣に立つ光秀の、なんていうか、こう、しっくり来るというか……義景様の美しさに見合っていて似合いの主従になりそうだななんて考え始めると頭が爆発しそうだ。


「はあ、俺が義景様の家臣だったらな……」
「お前……仮にも主家の当主の前でよくそんなこと言えるな」
「俺の身命は浅井の、お前のものだけどそれはそれ、これはこれなんだよ」


 それに対して呆れたような声色でそうか、と言って陣幕を出て行こうとする長政の耳は少しばかり赤いように見えたが、それを言及することは馬の嘶きによって遮られてしまった。
 嘶きの方を見遣ると、明智光秀と斎藤利三が移動中だったらしい。今回は明智勢と布陣場所が近い。つまり、どういうことかと言うと、出遅れると手柄がその分減ると言う事だ。


「長政! 行くぞ!」
「は? なんだ急にやる気を出して。ちょっと待て!」


 光秀に手柄を持って行かれる訳には行かない。この辺りでの戦は俺の方に分があるはずだ。
 用意されていた馬に飛び乗り、明智勢の背を追いかける。
 蹄の音に気付いた光秀がこちらを向いて手を上げたので、更に速度を上げてぶつかる直前で手綱を引いた。それに対して斎藤利三が声を上げたが、俺はそれを無視して光秀に向かって言い放つ。


「お前には! 絶対に負けない!」


 びしっと指をさして宣戦布告だ。この戦で一番手柄を上げて、義景様に褒めて頂くのは俺だ!
 俺の勢いに呆気に取られていた光秀が気を取り戻すと、まるで俺の胸中なんて知らないように爽やかに笑んで「ああ、お互い頑張ろう」なんて言うのだから、こいつはどこまで俺を苛立たせれば気が済むんだ。

 「くっそーーーー!!!!」と叫びながら馬を走らせだした俺には、その後合流した長政と二人の会話など知る由も無かった。


「長政殿、ごんべ殿は少々礼儀に欠けるのではなかろうか。殿に対してあのような」
「まあまあ、利三。あれくらいやる気がある方が好ましいではないか」
「悪いな。俺に免じて許してやってくれ。……あいつは、自分勝手な奴なんだ」


2021/07/11


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