Andesine6.5


彼女の始まり

「シエロってここに来て長い?」
本日の冒険は金欠の為森へ食料探し。同行するのは最近騎士団に入った少年、ヒイラギだ。
自由奔放でまるで猫のような彼と話すのは楽しい。団の中で彼と比較的仲が良いのは自分だろう。他にもウェストや年嵩のいった団員とは話すようだけれど、同年代の子にはあまり積極的でないようだ。もったいないと思わないでもないけれど、彼には彼の考えがあるのだ。ボクの価値観でどうこういうのは良くないかな。
だけれどこうした質問というのは初めてされた気がする。何せノリはいいくせに他人に興味はない子だから、その場その場の会話は弾んでも相談事や過去の話となると途端に姿をくらませる。そういうところも、猫のようだから面白いとは思うけれど。
せっかく彼が他人を知ろうとしているのだから、茶化さず真摯に応えてあげるべきだろう。
「ボクの事が気になるのかい? そうだねえ、どうせキノコ集めも作業だから、少しばかり口を動かしてみるのもいいかな」

ボクがフォルトゥナ騎士団に入るきっかけは単純なものだった。
冒険と出会いを求めるには、各地を転々と移動するこの組織が適当だと思ったからだ。本当にそれだけだ。
いくら魔術に長けていても一人で旅をするには未熟で、外の世界を知らなさすぎた。本の世界で綴られる冒険譚はどれも希望に満ち溢れていた。時には困難な目にあっても、頼もしい仲間とそれを乗り越える。そんな夢物語には、旅仕度にはどれだけの費用が必要で、山道の疲れない歩き方だとか野宿で気をつけるべきことだとか、そういう事は書かれていない。いつのまにか山を登っているし海を渡っているし町でスリにあうこともないし、参考書にするには現実味がなかった。物語は所詮物語だ。
財布を丸々盗られて、ボクは痛感した。
出会いはあってもそれだけで生きていけるほど楽な世界ではなく、好きなことをしたいのならそれだけあらゆる力を身に着けなければいけない。ただ、それらに今更気付いても旅の最中でどうしたら養えるのか、ボクは知識がなかった。
古書店で悩んで悩んで、店の人に迷惑がられたついでに相談してみた。するとどうだろう、店主は追い払いたいが為にボクにとって最適な答えをよこしてくれたのだ。
いわく、この世界のどこかに冒険者の為の冒険者による組織があるのだとか。各地を移動し続けあらゆる迷宮に赴き何ものにも縛られない自由戦士。
そんな夢のような存在があるのだという。
彼らに遭遇するのは運が必要らしかったが、ここぞという時ボクには天の采配が味方してくれるようで、幾日もしないうちに出会えたのだ。今思っても素晴らしい奇跡だと感嘆する。

「まあそういうわけで今この騎士団に所属しているわけだね。どうだろう、少しは君の未知を埋められたかな」
「うん。面白かったよ」
話しながらもキノコを採る手は休めず、いつの間にか籠一杯になっていた。あとは帰ってこれを食用か否かで選別する作業が待っている。ボクはキノコには詳しくないから適当に採っていたけれど、あとを思えばこの時点である程度より分けていた方が良いのだろうか。少しは勉強してみようかな。
ヒイラギを窺えば彼の籠にはそれほど入っていなかったけれど、ボクの籠にあるようなどぎつい色をしたキノコは見当たらない。……もしやあれらは毒? はて、と少々不安になる。
「じゃあさ、シエロもあの入団の試験やったの? ほら、親父さんの」
「ああ。やるにはやったけれど……その、やってしまったというかね」
「歯切れが悪いのね」
あれは失敗だった。滅多に後悔はしないボクが特に気に病んでしまったくらいの出来事だ。
「魔術を見せたらいいのかな、って思ってさ。こう、一発おっきいのを放ってしまったんだよ」
「それで親父さんが大怪我、じゃあないか。あの人物理も魔術も効かなさそうなだし」
「うん、ウェストには当てなかったよ。ただ、別方向に放った先に団員のテントが張ってあってね……」
「ああ、なるほど」
察しが良いのはありがたい。自分でもこの失態をみなまで口にはしたくないものだ。
風属性というのは攻撃でも補助でも役に立つけれど、いかんせん大雑把な面がある。
細かい範囲指定は難しく、例えば指で輪をつくってその直径の風を遠くの敵に飛ばすのはボクには出来ない。大気の渦は小さいほど消滅しやすく真っ直ぐにも飛ばない。陣の構築や詠唱の複雑化で安定はするだろうけど、時間をかけたところでそんな小さな渦がどれほどの威力になるというのか。おそらく実戦では役に立たない。だからボクは対魔物用に強力で広範囲の技を磨いてきたのだ。
けれど、それを迂闊なことにテントの密集地に放ってしまったのは本当に申し訳ないことをした。
幸いなことにけが人は出なかったけれど、一瞬の内にテントは空へ舞い上がりそして散り散りになったあの光景は……爽快だった。やらかしてしまったことは確かだけどこれぞ風属性!と言わんばかりの効果に頬が緩んだのも事実である。
それをウェストに見られたと知ったのはずい分後になってからだった。彼も人が好い。盛大に被害を与えなおかつ笑ってしまったボクに温情をかけるどころか入団を許してしまうのだから。
しみじみとあの時のことを振り返る。思えばあれからもう三年も経っているのだ。ずっといる団員もいれば冒険で命を落とした者もいて、騎士団の顔ぶれもあの頃とはそれなりに違っている。
多くの出会いと、そして別れ。旅を始めた時からどれだけ繰り返してきただろう。別れた彼らの人生にボクという人間は少しでも良き縁として思い出に刻まれただろうか。そうであることを願うばかりだ。
そして今、ヒイラギという良き縁をボクは掴んでいる。
初めこそ近寄っても来なかった彼と、こうしてキノコ採取を共にするにまで至った。なんと喜ばしい事だろうか! ヒイラギの気まぐれで近すぎず遠すぎずな距離が一定の信頼感の元にある気がして、ボクは嬉しくなって思わず彼の柔らかな髪をわしゃわしゃと撫でくり回してしまう。ああ、ツバメの巣のようになってしまった。きょとんと目をまん丸にさせて驚いているらしい。
「びっくりしたのよ。なに、どうしたのいきなり」
「ふふ。何でもないさ。まあ、とにもかくにもボクの入団の話は以上だよ」
髪を直してあげて、立ち上がる。そろそろ戻って夕飯の準備に取り掛からなければ。
キノコの山を見て満足感に溢れる。
「他の人の入団の話も聞いてみたいねえ。もちろん、ヒイラギの話も」
「気が向いたらね」
「待つのも一興。ボクはいつでも聞く準備は出来ているよ」
できることなら早く聞いてみたい気持ちがあるけれど、急ぐものでもない。
彼が真にボクに話してもいいと思ってくれるまで気長に待つとしよう。


「……シエロ、そのキノコ猛毒だよ」
「おや、やっぱりかい。虹色だから珍品としてどうかと思ったんだけどね」
待つ間、少し勉強した方が良いようだ。