殺人未満料理
バシェラール公国といえば資源の豊富さで有名であるが、同等もしくはそれ以上に有名なのが"料理の乏しさ"である。
現国主いわく、
「食べられて腹を満たせるのであれば上等さは求めない」
ということらしい。
最低限のでいい、という彼らバシェラールの人間が作る料理は、他国からみればおよそ料理とは呼べないものばかりであった。
とにかく食材を、煮る・焼く・茹でる"だけ"なのだ。もはやただの調理である。
せっかくの高品質な食材も彼らにかかれば、味も栄養もぶち壊しに火が通り過ぎた物へと昇華する。
ちなみにバシェラール人が誇るバシェラール料理の代表の一つに、"シェリル"というものがある。
芋類を茹でて潰し塩胡椒で味付けしたものだ。他国ではこれを基本に創意工夫して完成品を作り出すのだが、バシェラールではこれが完成品として堂々ともてなし料理で出される。
その他の味付けは各自で、というやり方も慣れない外国人からすると「味付けすらない、できない、粗末な料理を作る国」だと勘違いされる要因である。が、言われる本人達は気にしていない。バシェラール人が往々にして寛容であり、何よりあながち間違いでもないからだった。
この事実に対し食文化の発展したゴーストの国主は、
「彼らの行いは実に品がない、ただ腹を満たすだけならそこらの野草でも食べていれば良いのだ、わざわざ食材を台無しにする必要はない。あの国の土壌は確かに素晴らしい。そこは認めるが、だからと言って住まう人間の品格までそうとは限らないものだ。現に彼らは良い食材を得ながらもそれを上手く昇華することも出来ず持て余してさえいる。そもそも食事とは人間の三大欲求の一つを叶える崇高すべき行いであり、味、見た目に拘って然るべき――」
以下割愛。
とにもかくにも、バシェラールでは料理のレシピはほとんど存在しないと言っても過言ではない。
手間をかけず簡単に。それがバシェラール料理の基本であり全てだ。
今までそうであったのだから、下手に凝った物を作ろうとしたらかえって酷い物が出来る。それは周知の事実であった。
そんな料理下手国の料理を食べて育った、生粋のバシェラール人の一人。クロム・ベルガモット。彼女もまた多分にもれることなく料理の腕は推して知るべし、である。
彼女は由緒あるベルガモット家の一人娘だ。所作はもちろんのこと、様々な分野に富み才女として名を知られ、今現在では国家の役職に就いているほどだ。
穏やかに微笑む様はその髪色のように爽やかな風を思い起こさせ、細い腕はしなやかにレイピアを操る。戦場にあっても凜と咲く気高い花のように、クロムという女性は心身共に美しい。
どこに出しても恥ずかしくない。バシェラール国主・ジルベルトは腕を組んで一人頷く。
彼女の微笑みはいつどんな時でも損なわれることはない。
――そう、例え死者をも出しかねない"料理"を振る舞うこんな状況でもだ。
目の前に広がる光景に一国の主は、ここは地獄だったかと思ってしまうほどに恐怖を感じていた。
「いかがです?」
恐怖の中心、それを引き起こしている張本人は現状とは真逆の、天使のような微笑みで伺う。問われた兵は口腔内で暴れる刺激に耐え、答えた。
「い、いまいち、です」
それだけを言うのが精一杯だった。彼はガクリと倒れ意識を手放した。
いまいち、と評価された物体を片手に、彼女は今度は絶対なる君主に歩み寄る。
次々と屍と化していく兵達を少し遠巻きにして、安全圏にいたジルベルトは慌てた。まさか自分には味見ならぬ毒見をさせるはずはないとタカをくくっていたからだ。
「クロム、早まるんじゃない」
ジルベルトは押し止めるつもりで手をあげる。
しかし恐怖の震源地、クロムは持っていた皿をその手に握らせ先程までそうしていたように、ジルベルトにもそれを向ける。
「さぁ、ジルベルト様。どうぞ召し上がれ」
「いや、だからねクロム、ちょっと待とうよ」
クロムは彼の言葉をあえて無視し、皿の中身をジルベルトの口元に持っていく。
ぷるん、とした紫色の物体が近づく。
鼻先まできたそれは、独特の臭気を放ち簡単に召し上がれそうにはない。明らかに色んな意味でマズそうだ。
この物体により人が倒れたという事実からして、口にしてはいけない、食べるべき物ではないのは分かっている。しかしジルベルトには、それを分かっていて尚も勧めてくるクロムの気がしれなかった。
「クロム、落ち着くんだ」
「私はいつでも冷静ですが」
「うん、そうだねそうだったね。けど俺の為にも、君の為にも、ここは一旦皿を置こうじゃないかっ」
冷や汗を流して、必死である。
戦場では余裕すら見せ、不敵な笑みを浮かべる姿は見る影もない。
はっきり言って情けないのだが、それでもジルベルトはクロム製の"料理"を食べたくないのだ。
「クロム、君はいつも冷静沈着で頼りになる。そんな君がどうして急に料理なんて」
この国の人間が料理下手なのは彼女だって知っているのに。ジルベルトはとにかく少しでも相手の戦意を削ごうと畳みかける。
「確か以前にも花嫁修行だとかで料理をしていたね。あの時だって今みたいに阿鼻叫喚、地獄絵図だったじゃないか」
「そうですね……あれは本当にヒドいものでした。私の唯一の汚点です」
「だろう。……その、こう言ってはなんだが、今回も大して上達していないように思うんだ。君が俺の健康を少しでも気遣ってくれるのなら、今すぐにでも皿を置くべきでは――」
「嫌です」
「なん、だと……?」
あまりのことにジルベルトは言葉を失った。
クロムは淡々と、自分がどうしたいのかを語る。皿はジルベルトに掲げたままで。異臭が鼻をつく。
「あの時、初めて料理を作って思ったんです。楽しい、って。それは別に地獄絵図を作り出したことに対する加虐心などではなく、自分にも出来ないことがあるんだと知ったからです」
ため息混じりに一息つく。伏し目がちな憂いを帯びたその様子は男心を擽るというのに、間近に見たジルベルトは胃痛しか感じない。
「ずっと、成功の道を辿っていました。それは確かに喜ばしいことでもありましたし不満なんてありません。けど、楽しくなんてなかった、つまらない人生だとどこかで達観していました。それがこと料理においてはてんで話にならないのを知って、驚きと歓喜に満ちました。私はそう……料理という行為に対してライバル心を抱いているのかもしれません。だから少しでもいいですから上達することが、私の今の楽しみなんです」
にっこりと春の花を思わせる柔らかい笑みを浮かべてクロムは皿を見る。
前回からの教訓が活かされていないそれは、誰がどう見ても「失敗作」に違いない。だが彼女にしてみればこれも一つの「完成品」なのかもしれない。以前と比べてどう変わったかが大事なのだろう。
「ですから、比較してほしいのです」
ジルベルトに再度迫る皿。
あんな話を聞いた後で無碍に断ることも出来ない。もしかしたらそれも作戦のうちかもしれないが。
「うっ」
「さあ、どうぞ」
ズズズイと。容赦のないクロムの微笑みが悪魔のそれに見えた。
ジルベルトは周囲の屍を眺め、退路なんて初めからなかったんだと覚悟を決める。
「いただきます……」
「はい」
一口。彼は材料すら定かでない謎の料理を含む。
――分かっていたのだ、これを食べた者の末路など。
見た目からして既に料理ではなかったし、百歩譲ってもゲル状の実験材料にしか見えない。料理下手という欠点はこの国においては常備スキルだが。彼女のは超越している。もはや殺人スキルだ。アレを国外に出そうものなら即お縄となるだろう。それほどまでにひどいのだ。料理下手国家の元首が言うのだから間違いない。
ただ、それでも彼女は大切な仲間だから、彼女が前進を望むなら手助けしたいと思った。まあその結果どうなるかなんて――。
「ふっ。地獄を見たよ」
自室の寝台で半身だけ起こしたジルベルトは、妙に格好をつけながらエリスにそう語ってみせた。
幼なじみであり腹心である彼女はクスクス笑っている。
「ジル様にしては頑張ったんじゃないですか?」
「まるで俺がヘタレのような言い方だね」
「ははは」
上っ面だけの愛想笑い。否定も肯定もしないが、間違いなく馬鹿にしているのがジルベルトにはありありと分かった。
謎の頭痛がするのを堪えて立ち上がるが足元が覚束ない。神経に作用しているのではないか、疑わずにはいられない。恐るべしクロム料理。
「それで? 彼女は今どうしてるんだい」
まさかまた作っているのではないだろうな。ジルベルトは嫌な予想に青ざめる。
「いいえぇ、さすがにすぐには……今は自室で料理の本を読んでますよ」
「そうか……まだ諦めないんだな」
「長期戦ですね。頑張ってくださいジル様」
「ああもう君、完全に他人事だね」
「ふっ」
何を今さら、と言わんばかりだ。
それを見てジルベルトはそういえば、と思い返す。
一度目も二度目の味見の時にも、エリスはいつの間にかいなくなっていた。そういう時ばかり逃げるのは上手いもので少しその能力が羨ましいと思ったのはここだけの話である。
「少しは上達するといいんだけどねぇ」
自身の為、ひいては大切な仲間全員の為にも。祈らずにはいられない。
いっそアイオスの所にでも修行に出そうか? 相手からすればたまったものじゃあないだろうが。
そこまで考えて、いやいや、と首を振る。国外には出せない。出してはならないものだったと思い出す。
(敵対勢力を気遣う良心がまだあったことに感謝するがいいさ)
尊大に考えて、ジルベルトはため息をついた。
「今まで怖いと思ったのはたくさんあるけれど、料理で生存本能を脅かされたのは初めてだよ。びっくりだね」
「まあその内マシにはなりますよ。頑張ってください」
「……俺、君主なんだけど一応」
それでもこんな扱い。
いい加減慣れたし諦めたジルベルトは、深く深く、息を吐いた。
ひとまず、本日クロム料理をもてなされた人間は誰もが料理に対して認識を改めたに違いないだろう。
「平穏無事に食べられることが一番だね」
「全くもってその通りです」
そうして城内の厨房につかの間の平和が戻ってきた。おそらく、近いうちに第三弾の爆撃が落とされるだろうが――。