Andesine6.5


喧嘩友達

アイオスは考えていた。
どうしたらジルベルトにぎゃふんと言わせることができるのか。
大陸でも上位に入るであろう智謀を持ちながらも、アイオスはことごとくジルベルトに言い負かされてきた。頭でっかちと揶揄するのは毎回の事で、時には隣国国主のシディオンをも味方につけイジメてくる彼に、いい加減アイオスは爆発しそうだった。
そもそもなぜこうもいじられなければいけないのか。アイオスはまずそこから考え始める。

ターカスに首都をおくゴースト国は、軍事においては他国に劣るものの内政面では一歩上をいく経済国家だ。
工芸、美術の芸術家を多く排し、他国にも誇れるデザインセンスは繊細さと優美さを併せ持ちきらびやかなだけではない調和された統一感を演出する。それは料理にも発展し、口に含むものでありながら思わず保存して飾ってしまいたくなる美しさを備えていた。
また建造物にも細かな装飾はなされその数々は、軍事大国国主であるデューターが攻めるのを躊躇うほどの圧倒的な芸術性だ。
総合してみると、ゴースト国は決して劣る国ではない。
その国主である彼自身もまた国同様の気質で、芸術を好み美を愛す。
計算に優れた頭脳と若さで民、特に女性からの支持も篤い。少しばかり斜に構えてはいるが才知ある者を認める公平さはある。寛容すぎず横柄すぎず、アイオスという男はそういう人間だ。
隙がないほどでもないが、一方的に愚者と言われるような国主ではない。

それがジルベルトという胡散臭い笑みで有名な国主の口にかかればどうだろう。途端にただの頭でっかちで口の回らないお坊っちゃんに成り果てるのだ。やはり、アイオスとしては納得できるものではない。

「私はこうもバカにされるほど、あの男に劣っているであろうか?」

反りが合わないのは分かる。
バシェラール公国領といえば妙に土くさい、芸術美術とは正反対に位置するようなところだ。料理下手大国、貧乏国家、商人国家、異名はいくつもあるがどれもゴースト国とは似ても似つかない。国からしてそうなのだから、体現する国主同士が反発するのも無理はない。
一長一短の内政なのはお互い様だからともかくとして。では国主として、ジルベルトの才覚はどうなのか。
アイオスは完全に文官寄りの能力だ。対するジルベルトは文武両道と、誇ってもよい能力を持っている。デューターには及ばないがその才覚は十二分だろう。能力だけで言えば確かにアイオスは劣っていると言わざるをえない。
しかしそれは何も彼に限ったことではない。
東北のアストン地方をまとめるアンナなどは国としても国主としても未熟と言っていい。同様に、ジルベルトと比較した場合能力が釣り合わない者は他にもいる。
それなのに、なぜか一点集中攻撃でアイオスがいつもボロクソに言われる。
始めの問題に戻るが、なぜこうもいじられなければいけないのか。
明晰な頭脳を高速回転させても、アイオスには一切分からなかった。
なので嫌々ながらも結局本人に直接問い質すしかないのであった。

「はあ、何でかって?」

もはや端から会議など放棄しているジルベルト。書類に落書きしながらため息をついて、アイオスの問いに答える。

「君ってさあ、物事を何でも難しく……いや、表層的なことでしか考えられないよね。まあだから頭でっかちなんだけど。俺が君を弄る理由はみっつ。
 いち、単純に好かないから。感情を計算に入れない君には分からないかもしれないけど、人が人をなぶる大まかな基準は好きか嫌いかさ。それで、どちらかといえば俺はアイオスという人間が嫌いである。
 ふたつ、君を弄るとその度に反応が面白くてつい色々やりたくなるから。俺はサプライズ的なことが好きでね、というのもそれって仕掛けられた人の反応を見たいが為で。つまらない奴は本当に反応がないから。隣に座ってる天然パーマ野郎みたいな奴ね。その点アイオスという人間は実によい。喜怒哀楽、どれも素直で大仰である。脳みそはつまらないくせに感情は豊かだから、俺も弄り甲斐があって楽しいです。
 みっつ、好き嫌い・反応で判別しなおかつ後々困らない人間はこの場ではアイオスしかいないから。不遜な俺ではあるけれど一応年配者相手には礼節の一つや二つ弁えているさ。ライニールは友達だしそもそも人格者だから俺がどうこう言えるわけもないから除外ね。同じく、年下ではあるけれど人格者なアンナも除外。え、シディオン? シディオンは反応つまらないし、たまに共犯だから。となると、年が近くて貶めても禍根を残さないアイオスに決定!ってことで。……分かった?」
「え、と。つまり私は嫌われてるけど反応が面白くてやり込め易いから、君に弄られてるって事?」
「そうだよ」

落書きをした書類を折って飛ばし話を完結させる。
長々と理由を説明されたものの、アイオスは到底納得できるものではない。飛ばされた紙の尖った部分がコツンと額に当たったのも含め、ある種の衝撃が彼を襲った。

まさか、消去法で選ばれていたとは! しかも嫌われていた!

――ここで補足しておくと、アイオスは別にジルベルトを嫌ってはいない。
能力は認めているし、性格も、国柄の違いで合わないだけだと納得している。それに会議でのお喋りだって、アイオスは少なからず楽しいとすら思っていたのだ。相手もそうだと思っていただけに、先程の発言にガツンと頭を打たれた。
好意は必ずしも双方向であるとは限らない。分かってはいるがそれでもアイオスは裏切られた思いで一杯だ。

「ど、どうして私が嫌いなんだい? 私は君に何かしたかな」

努めて冷静を装い、訊ねる。
理由を聞いて納得できるかはわからないし、もしかすると今以上に落ち込んでしまう言葉が投げつけられるかもしれない。けれど訊かずにいるのもまた不安で落ち着かないのだ。
冷や汗だらだらで顔面蒼白。端から見て明らかに冷静さを欠いた様子だったが、幸か不幸か、肝心のジルベルトはチラリとも視線を寄越さないでいた。引き続き紙を折るばかりだ。
ふてくされて一人遊びに興じる様はまるで子供のようでありながら、その口から飛び出す言葉はいつだって辛辣だった。

「嫌いに理由なんてないさ。もう単純に、ああ嫌いだなって思ったんだから」

以上である。
今度こそ、本当に。アイオスは愕然とうなだれた。笑みをはくことも受け流すことも、反論することもできない。あまりにもジルベルトの言葉が鋭すぎた。
しんと静まり返る会議室。双方の隣に座るデューターとシディオンの気まずさと言ったらない。特にシディオンは挟まれていて、一層両者の温度差が如実に分かってしまう。腕組みをし眉根にシワを寄せて耐えるしかなかった。

「えっと、少し休憩しましょうか? わたくし、今日の為にお菓子を作ったので皆さんどうぞ召し上がってください」
「まあ、美味しそうなマドレーヌですこと」

空気を読んだのか、はたまた単なる天然か。最年少のアンナが場を和ませようとする。それに追随したのはロザリアだ。
女性陣二人のこの発言で、他国の国主からの料理なぞ普段は怪しんで手に取ろうともしないデューターがしかめ面のまま口に含んだ。彼もさすがに隣からの澱んだ空気を変えたいらしい。

「あ、俺もいただきたいです」

パッと顔を上げて、原因であるジルベルトが挙手。その様子はいたって普通で、先程の言葉なんてなかったかのようである。
それに拍子抜けしたのはシディオンだ。

「おい貴様」
「ん? これ美味しいよ、シディオン食べないんだったらもらっていいかな?」
「やらん。……貴様、良心の呵責だとかないのか」
「何が」

ペロリと食べ終わる。そっと手を伸ばす。が、叩き落とされた。

「やらんと言っただろ。アイオスに対して言い過ぎとは思わないのか。打たれ弱いのは知っているだろ」
「あー? だから何のことだよ。アイオスがどうかしたって?」
「……待て、覚えてないのか」
「そういえば何かしら言った気もするけれど、俺、お腹が空くとイライラしちゃってさ。もしかしたらそのせいかもしれないね」

お腹が空いていたから。

「そ、そんなことで私は嫌いだと言われたのかい……?」
「くだらんな」
「まったくね。険悪なまま戦争になってくれれば良かったというのに。つまらなくてよ」

シディオンとカルディアがそれぞれ異なるため息をつく。前者は安堵だが後者は残念といった様子を隠しもしないものだった。漁夫の利か、単にもめ事が好きなのか分かりかねる彼女の言葉を言及する者はいない。それよりもこの結末をどう締めくくるのかに興味が逸れている。

「まあ何かまずい事を言ったんだとしたら謝るよ。俺は何て言ったのかな」
「私のことが嫌いだと……」
「あ、うん。それはそうだね、嫌いだね」

再度衝撃。
今度はにっこり笑顔で言われたがそんな表情の問題ではない。

「何でなんだい!?」
「正確には嫌いというか、妬ましい? みたいな?」
「妬ましい? え、君が私を羨ましいだなんて思っているのかい、嘘だろうっ」

普段の様子から一切微塵も感じたことも嫉妬の目で見られたことなどかつてない。
アイオスは数瞬前までの落ち込みもどこへやら、有り得ない!と手を振る。

「嘘じゃないよ。君のところはいいよ、部下が大人しいし芸術は素晴らしいし料理が美味しいし」
「あ、ありがとう」

思わず礼。それで少しばかり冷静になれた。しかしここで調子に乗ってしまうのが彼の悪いところである。

「確かに、私の才能に惹かれた有能なる部下は忠実である。それに我が国の繊細さ華麗さの数々の美術品! どこぞの料理下手大国には真似できない洗練された食事! そうだ、そうだね、妬ましくなるのも仕方がないというものだ!」

今日一番の生き生きとした瞳で自信を取り戻し胸を張る。成り行きを見守っていた面々は「あーあ」と呆れて部屋を出たり、苦笑いを浮かべたりしている。シディオンはいつも通りだなと逆に安心した。
調子に乗ったアイオスに、ジルベルトが大人しく同意するわけがない。となれば待っているのは例のごとく子供のような口喧嘩だ。

「そういうところが俺は嫌いなんだよ。何かと言えばうちの食事と比較してケチつけて……茹でた芋の何が悪い!」
「茹でられた芋に罪はないさ、君達が生かしきれないのが悪いのだよ」
「チッ」
「舌打ちやめてくれる!?」

案の定である。
アイオスはけれど安堵していた。良かったとすら思っている。
好意はないが嫌われていたわけではない。ジルベルトは大層自分に正直な人間であるからきっとそこに嘘はないはずだ。
敵国の国主同士であるから、本当はこんなことで一喜一憂している場合ではないのだろう。けど、同じ立場で年も近い彼にもし、本格的に嫌われ二度と馬鹿な口論も出来なくなるのだと想像したら、少しだけ、本当に少しだけ寂しいと思ったのだ。