Andesine6.5


郷土料理

「アイオス! 我が国でも郷土料理なるものをつくろうかと思ってるんだけど!」

料理下手大国、バシェラールの国主ジルベルトが突然アイオスの元を訪れそう切り出した。
やたら目を輝かせて少年のような笑顔で机に乗り出してくる彼に、アイオスは心底驚いた様子でペンを落とした。
一国の主がお供もつけず他国へほいほい出向くこの男を、彼の側近などはなぜ阻止しないのか。初めはアイオスもそんな風に呆れていたのだがその数の多さにもはや「また来たのか」くらいしか思わなくなっている。
であるからして、この突然の訪問にはさほど驚きがない。ただ発言の内容が大問題だ。

「君の、国で?」
「そうだよ。だからまずアイオスの所ではどんな料理があるのか調査しようと思ってね。被るのは嫌だろ?」
「つまり創作料理だよね?」
「うん。ほら早く料理図鑑なりなんなり見せてよ」
「見せるのはやぶさかではないけど、本当に本気でやるつもりかい?」

念押し。
それもそうだろう。何せ相手は料理下手大国。味付けはご自由に、で蒸した野菜をドンとそのまま出す国の人間だからだ。まともなレシピが存在しているのか疑問なほどかの国の料理はひどい。

「くどいなあ。やるったらやるよ」
「創作料理は、普通の料理よりも難しい。普通の料理すら危ういのに、どうしてまた急に」
「最近、ライニールの所であちらの郷土料理を食べたんだ。素朴ながらひどく心温まるよい味だった」

つまり、感動したから自分の所にもそういったものが欲しいと。
単純すぎる。アイオスは料理下手大国国主の安易な考えに思わず頭を抱えた。
何より、美食国家のメニューと被るかもしれないと本気で考えているところがおこがましいと、怒りを通り越して呆れを誘う。

「まあ……やるだけやってみたらいいのではないかな。くれぐれも私に試食を求めないように」
「やるよ俺は。何せ食材は豊富だからね、きっと素晴らしい料理ができるに違いない。楽しみに待っているがいい!」
「だから私は試食はしないからねっ」

自信満々に高笑いをしながら、ジルベルトは図録をひったくって部屋を出て行く。
本当に、なぜ。あそこまで自信がもてるのか。
アイオスは来るべき試食の日を憂いて再度頭を抱えた。

そんな会話をして幾月。
すっかり忘却の彼方へやっていたが、赤毛の悪魔はいつだって唐突にやって来るのだった。

「聞きなよアイオス」
「私の机を椅子代わりにしないでくれないか」
「ついに完成したんだよ。我が国の郷土料理が!」
「……ああ、そういえばいつだったかそんな話もしたね」

正直思い出したくなかった。
どうやらアイオスが思っていた以上にこの隣国国主は執念深かったようだ。そういう情熱はよそに回してほしい。大概の害を被っている彼は切実にそう願う。
いつも以上に弾んだ声音で、ジルベルトは完成したという料理を机に広げた。

「……何これ」
「だから郷土料理」

それは美食国家国主の目には、ひどく地味で魅力に欠けとても料理には見えない代物だった。
ただの揚げ物だ。
アイオスは目新しくもないと一笑に伏した。
キツネ色の衣を割った中からは白い身が覗き、確かに、揚げたてであれば幾分か食欲はそそられたかもしれない。しかしそこは美食大国。見た目にもこだわるし、要求する。

「何だいこれは。ただ魚を揚げただけだろう。やはり"だけ"しかやってこなかった国ではこれが限度なのかな。全く繊細さに欠ける。私ならこんなもの人前にはとうてい出さない、いや出せたもんじゃないね。出すにしてもソースやつけものを用意するだろう。はあ、食材もこんな使われ方しかできないのではもったいなさすぎる。以前料理の本を貸した気がするが、読んでないのかな。あれを一枚でも捲れば、自分達の料理がいかに発想がなく粗雑であるか知れただろうに……。いやいや、私はこれでも親切な気持ちなんだよ。美しいというのは素晴らしいことだ。それを分かち合えればと思っているだけなんだよ。だけれど……はあ。こんな揚げた"だけ"のもの、よくもまあ自信満々に出せたもんだ。どうやら私達はとことんかち合わないらしい。シディオンなら君と気が合いそうだし、そちらに伺ったらどうだろう」

途中途中ため息をつき、呆れ口調でダメ出しをする。
芸術を愛する彼にしてみれば、その領分に気軽に入ってきたジルベルトに本気で取り組んでもらいたくもあり、このように厳しい評価となってしまったのだ。悪気はないのである、一応。

「まあ、食べてないうちから否定するのも失礼だったね。味の見当はつくけれど、どうせならできたてが食べたかったかな」
「……いい」
「ん?」

机に置かれた揚げ物を摘もうとしたが、さっと取り払われる。
ぼそりと低く呟いたジルベルトを見ると、俯き加減でぶすくれた表情をしている。
察するにこれは、いじけている、のだろう。

「そんな、そこまで言うなら別にいいし……シディオンの方がまだマシだし」

いじけている。
大の大人がまるで子供のような態度だ。
いつになく消沈し、料理を包む彼に割合良識人なアイオスはあわあわと腰を浮かす。いくらなんでも厳し過ぎたか、そう慌てるのだが、普段何かしら言い返してくるジルベルトがこんなだからか思うように言葉がでてこない。
仲良くする気などないからこれで距離ができれば、もう煩わしく振り回されることもないだろう。分かってはいても、アイオスはどうしようとうろたえる。こういった部分が、彼が少しばかり大仰に振る舞ってみても許される所以だろう。他国主から言わせてみれば「甘い」と呆れられるのだろうが。

「わ、悪かったよ。ほら、あまりにも期待していた物と違って、ついあんなに言ってしまったけれど! せっかくここまで持って来てくれたんだから頂くよ。いや、是非とも食べたいな」

チラリ。窺えば、扉に手をかけていたジルベルトが動きを止めた。くるりと踵を返すと早足で戻って来て包みを再度広げる。
表情には出ていないが行動が、彼の機嫌が直ったことを如実に表している。
アイオスの前に再び料理を置いて今度こそ自信たっぷりに言い放つ。

「さあ、食べなよ」
「あ、はい。えーっと、もう一度聞くけどこれは何なのかな」
「魚を薄く切って揚げたもの。味付けはうちの岩山に生えてる草とか」
「君さあ……」

香味野菜のことだろうか。バシェラールに自生する野草には詳しくない。
もっとマシな説明はないものか。なんといってもこれは彼が欲した郷土料理なのだから、せめて料理名を付けるなりすればよいものを。アイオスは呆れて脱力する。
一方で、やはりこれは魚の揚げ物だと分かって、少々安堵する部分もある。
魚を揚げた物ならマズく作りようがない。色合いからして焦げた様子もない。これならば口にしても平気だろう。
内心でそのように、かなり失礼な評価ではあるが食べられる物として認める。
補足するなら、別にバシェラールの料理はマズいわけではない。あくまでも彼らは料理下手なだけだ。ついでに美的センスにも欠ける程度で、相まって見た目が残念になる。しかし味自体は悪い事はない。というよりも味付けが無いか塩かだけなのが問題なのだが。
ただ他国の人間にとってはひっくるめてイコール不味い、と認識されてしまっている。無意識のうちにアイオスもそう思っていたのだ。
恐る恐る、一口。咀嚼。飲み下す。そして感想。

「これは……揚げ物、だね」
「だからそう言ってるじゃないか!」

憤慨されるが、思っていた以上に普通の揚げ物の味だったのだ。アイオスは拍子抜けしてもう二口食べるが、やはりどう味わってもただの魚の揚げ物。それ以上でも以下でもない。
香味はどうした。探してもそれらしき風味が感じられない。
これがバシェラール人の料理下手スキルなのか。妙な感動がアイオスの胸中を占める。やはり失礼なことではあるが。
不味くもなければ特別美味しいわけでもない。一枚食べ終わり優雅に口を拭きながら、ふと気付いたことがある。それはこの"郷土料理"の根幹に関わる。

「一つ訊くけれど、バシェラールに海はないよね? この魚、どこから持って来たんだい」

バシェラールは四方八方、他国と隣接した完全な内陸部である。当然、海はない。魚とは基本的に海に生息するものだ。
途端に押し黙るジルベルト。

「あ、川魚とか?」
「いや……シディオンの所から輸入したやつ」
「君、そういうのをメイン食材にしたものを郷土料理だって言い張るのは無理があると思わないのかい?!」

やはり、というべきか。危惧した通り材料が自国のものではない。
そもそも何故魚を選んだのか。バシェラールといえば小麦に始まりあらゆる食材の宝庫と謳われるほど良質な土壌が広がる。本気で取り組めばそれらを使用していくらでもメニューは考えられる。なのによりにもよって、地産ですらない魚ときたらアイオスでなくとも頭が痛くなるというものだ。

「うるさいやい! もういい! 止めだ!」

ジルベルトは自ら持って来た"郷土料理"を手掴みすると、ヤケクソのように口に含んで平らげる。
そばにあったアイオスの服で手を拭いて唖然とする彼にビシリと指を向けて言い放つ。

「だいたいこういう料理方面は君の国でやればいいんだ。俺にはちまちまして合わない。そうだよ、君の所にこそ郷土料理があるべきなんだ!」

無いだろ?!と勢いで訊かれたものだから思わず気圧されて頷いてしまう。
確かに、言われてみると無いのだ。料理は他国を圧倒するほどのレシピがあり趣向を凝らした絶品ばかりが並ぶ。見た目も味も食材も超一流。それがゴーストの食文化だ。
だが国を代表するこれ!という一品は思いつかない。どれもこれもが最高の横並びだからである。

「俺はもう飽きたから作らないけど、アイオスも試行錯誤してみればいい」
「君、飽きるの早いねえ」
「うるっさい。あーあ、魚さえあればなあ!……いっそシディオンの所を奪うか?」
「君が言うとシャレにならないから。発言には気をつけてくれたまえ」

大陸でも一、二を争う大国の国主が、軽々しく侵攻をにおわせる言葉を吐くべきではない。それがまた冗談のように聞こえても本気なことが多々あるので、心臓に悪い。
武力ではどうしても劣る為、こういう発言でいちいち脅かされたくないのがアイオスの本音だ。

「さすがにね。さすがに俺だってそのくらいの分別はあるさ」
「どうかな。私には、君は子供の心を持った悪魔としか思えないよ」
「酷い言われようだ。そこは無邪気な小悪魔、くらいにしておいてよ。まだ可愛げがある」

悪魔には変わりないのか。
アイオスはもはや言い合う気もなく、さっさと出て行ってくれと手を振る。
一応の目的――アイオスに試食してもらうことを達成でき満足したのだろう。ジルベルトはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてくるりと背を向ける。豪奢な扉に手をかけて、ふと何かを思い出したかのように顔だけ向き直った。

「ああそうだ。最後に」
「なんだい」

わざわざ戻って来てまで言い残したことがあるのか。
美しくない応対だとは分かっていながらも、精神的に疲れたアイオスは顔を伏たままで応じた。
ジルベルトはいつもの、胡散臭い笑みでもって答える。

「いくら見知った仲だとは言え、条約も同盟も結んでない敵国の人間からの料理を、無闇に食べるものじゃあないよ」
「――!?」
「じゃあね」
「まっ」

パタン。静かに扉は閉じられる。
暫し、言葉の意味を反芻し、呑み込んで、それからアイオスは頭を抱えた。

(まさか、あの魚に何か仕込んで? いや、奴も食べていたし……けれどあの意味深な言葉は一体)

(解毒剤を用意していれば…そう、奴の事だから誰に知られることもなくここに来たに違いない。とすると証拠隠滅の為に全て食べた……いや、いや! 証拠隠滅で食べる必要はない。捨てるなり、それこそ生ゴミで処分すればいいだけの話)

(証拠を残したくないのであれば、そもそも私にわざわざああ言って猶予を与えることもないはず)

(待て。奴が親切に私に何かした、と仄めかすほど優しい性格であっただろうか?)

(そんなことは断じてない。となれば、フェイク。私をからかう為にああ言った、と考えるのが妥当)

アイオスは結論を出す。
ジルベルトは揚げ物に何も盛っていない。
ただこれだけを出すのに結構な時間を労したが、そうと分かれば疑心暗鬼も薄れようやく今度こそ安堵の息を吐ける。
こうした、考え込む性格なのも踏まえた上での去り際の一言だったのだろう。赤毛の悪魔はやはり悪魔だった。


「郷土料理というのは思い立って作るものではない。その土地土地に根付いた文化に基づき伝承された料理だ。ましてや輸入した材料で作るなど言語道断」

真っ直ぐ国に帰らず国境をあちこち跨いで放浪しているジルベルト。立ち寄ったシディオン領で作物の出来を見聞した後、国主に挨拶ついでに近況の話題を出した。
シディオンは話を聞くとバッサリ、ジルベルトの考えを否定した。当人は何処吹く風、そ知らぬ顔で出された珈琲を啜る。

「そうみたいだね。ライニールにも言われたよ」
「ところで、最近アイオスの国ではご当地グルメを作る企画が流行っているらしい。貴様の入れ知恵か?」
「似たようなことを言った気もするけど、覚えてないなあ」
「まったく。アレの所の料理は芸術だ。今更大衆じみた素朴な味など、似合うわけもない」
「素直に高級感漂うままでいてほしいって言えば? のぼせてすぐ止めるだろうに」
「それはそれで……鬱陶しいな」
「まあね。それにどうせ彼らだってすぐ気付くさ。高級嗜好に慣れた連中が今更そんなもので満足出来るわけないよ。一度上げた生活水準を下げられないのと同じだと俺は思うね」

辛辣に断じて、飲み干したカップを置く。あまり美味しくないね、と余計な一言をつけて。