Andesine6.5


許されざる裏切り

「お前それどうしたん」
「もらった」

食堂に現れたキタはなぜか花束を抱えていた。赤い薔薇。生花なんてこの暗黒街に売られているのかと変なところに感心してしまうが、それにしたってキタに薔薇。似合っているんだかないんだか分からない。
この女に薔薇を贈るなんて、ずいぶんおかしな感性をしている。

「誰にもらったん」
「私がここに来て十一周年だからって、最初の客が」
「……あー」

客。あまり詳しくは知らないが、キタは暗黒街に来て当初はろくに金も寝床もなく体を売っていたらしい。その時の客。まだ繋がりがあるのか。さすがに今はウリなんてやっていないだろうに。
なんとなく嫌な気分だ。この女に触った奴がいる。しかもこうやって贈り物をするほどにはその思い出を大事にしキタを想っている。ああ、不快だ。
聞きたくないな、と思う俺に構わず続ける。

「毎年色々くれてはいたけど、花は初めてだ」
「ふうん。どうすんのそれ」
「家に置いてもどうせ枯らすから、アマネちゃんにあげる」
「お前なあ、なんて説明すんだよ」

ウリの客からもらった花を少女に渡すとは、花の為とはいえ体裁が悪い。アマネはきっとこいつからなら何だって喜ぶだろうが、さすがに気の毒な気がするのだ。だってそれは当時少女だったこいつを買うような人間からの物で、キタがアマネに対して購入した物ではない。それで喜ぶなんて娘が不憫すぎるではないか。

「説明は、適当に。もらい物だからとは言うけど」
「ああ、そ。で、お前はその客とまだ寝たりすんのか」
「馬鹿言え」
「どうだかな。つーか十一年も経ってんのにこんな花くれるなんてよっぽどお前にご執心なようやな」
「まあ……部下と似たようなもんだ」

その答えに、なるほどと少しばかり納得。
つまり最初の客であり、キタのM製造機第一号でもあるわけだ。いや、むしろそいつがキタの才能を開花させたというべきか。
最初の客。会話でしか知らないその男に憎々しい気持ちが募る。
花は綺麗だ。いつもなら美しい形に色をしたそれを愛でたくなるところだが、今はとてもそんな気にならない。抱えられた花束を奪っていっそのこと燃やしてしまいたくなる。醜い嫉妬だ。

「あの人のおかげでここでの生き方が決まった気がするから、私も会うのは楽しみなんだ」

そんなセリフ、聞きたくなかったというのが正直な気持ちである。きっとこの先も俺が言われることはないだろう言葉。
楽しみだって? 仕事が趣味のような女が他人との関わりを待ち望んでいるなんて嘘のような話だ。イライラする。
(イライラって、何。嫉妬しとるみたい。違うし、キタがキタらしくないから、これは単なるモヤモヤで)
自分自身に言い訳をしながら考えをまとめる。
そうだ、キタがまるで普通の人間のような感情を口にするのがいけない。この女はかつてのぽややんとしたお嬢さんではないのだ。暗黒街にすっかり適応してどんな非道なことも平然とやってのける。痛いとか苦しいとか、ましてや楽しいだなんて斬って捨ててきたくせに、今更。
今更他の誰かに心を寄せるなんて。
(そんなの、)