ただの気まぐれ
「とんだ嫌がらせだな」
たまたま入手した食事券。自分のために使ってしまおうかと思うより、真っ先にキタの顔が浮かんだ。
学生時代のほんの意地悪のせいで食べる行為にひどく嫌悪を持つようになった哀れな女。俺はあの時のことを一度も悪いだなんて思っていないし、むしろあの程度のことでトラウマになってしまうキタの精神力が甘っちょろいに過ぎない。
とは言え、人間食べなければ生きていけない。かつては殺そうとまでしたし、今でもたまにどこかで野垂れ死んでくれないかとは願っている。けれどそんな気分でもなかったし、単純に、もっと食べてマシな体になれば良いのにと思ったのだ。
風邪だなんだと体調が悪くなればアマネが心配する。自業自得でダウンしているような奴に、娘が心を砕くことはない。だからキタにはマシになってもらわないといけない。
そういう次第で、券を渡したのだが、当の本人には俺の気遣いが伝わらない。それどころか捻くれている。
嫌がらせならもっと派手にやる。実際食べるかどうかも分からない券なんてまどろっこしいし地味すぎる。
「どう思ってもいいけど、とにかくやる。偶には肉を食え」
「肉? はっ、一番口にしたくないな」
「なら魚とか」
「いらん」
まったくわがままだ。
きっとこの紙切れは使われることがないまま捨てられて燃やされてしまうのだろう。元手はかかっていないから惜しくもなんともないが、俺からの贈り物を無下にする、という点が非常に苛立たしい。いや、まだ捨てられると決まったわけではないが、素直に使うより可能性は高い。
だったら取り返して自分で使った方がよっぽどお得だ。
が、「返してくれ」なんてそれはそれでまた、みっともない。
「せっかくなんだから、あー、クルシマとか誘ってな」
「クルシマとは飯に行きたくない」
「お前なあ」
いわく、目がうるさいのだそうだ。
クルシマは普段から口数が多くない。一緒に食事をすれば俺のように食えとは言われないがその分目で訴えてくるらしい。確かに鬱陶しい。まだ直接文句をつけられた方がマシだろう。だからキタはクルシマと食事をしたくない、と。
それを聞いて内心、少しだけ良かったと思った。
もし躊躇いなくクルシマと行くと言っていたなら、みっともなくても取り返していたかもしれない。
想像してみるとやっぱりみっともない。改めて、クルシマと行くと言わなくてほっとする。
「まあなんでも良いけど、もったいないんやけえ誰かと行き」
「自分で使えばいいだろ」
「うっさい。こんなん無くても俺は毎日ちゃーんと飯食っとる。アマネが心配するんやからお前は真面目に食え」
「またそうやってアマネちゃん……」
不満そうに券を見つめる。アマネの名前を出しておけばこいつは何だかんだ従う。アマネには甘い。弱点だと分かっているし利用されていることにも気付いている。それでも捨てられないのはきっと、アマネが純粋に自分を想っているからだ。好意をふり払えない。難儀なものだ。
アホなキタは理解しておきながら中途半端に情があるせいで、今回もやっぱり券を懐にしまう結果になった。
「そうそう、大人しく好意は受け取っとけばええんよ」
「すごく癪に障る」
「アマネに弱いお前が悪い」
我が娘は大変よく便利である。何かと反発するキタを呆気なく黙らせることができるのだから。
渋々受け取ってはいるがきっと自分では使わないのだろう。それでも構わない。こいつが俺からの物を受け取ったという事実が重要なのだ。
俺は満足である。例え別の誰かを誘っても、もうきっとこの胸中に燻りはおきない。