彼と彼女の始まり
五日ぶりに拠点に戻れば、知らない少年がいた。
「ウェスト、あの子は誰かな。見たことない顔だけれど」
通りすがりの我らが親父さんことウェスト・アデールに尋ねれば、彼は少年を見やって目を細める。
「三日ぐらい前に入った奴だ。お前さんの言葉で表すなら『変人』だな」
「ふむ。それは良い。ぜひ挨拶をしておかなければいけないね」
「おう、してこい……まあ、出来ればの話だが」
何やら気になる一言。どんな子か分からないけれどウェストが入団を許しているのだから悪い子ではないに違いない。彼の真っ直ぐで信念のある考えは信頼に値する。その彼が直々に試験して可否を下すのだ。少なくともボク達と目的は一緒であるし、根性もあるのだろう。
ウェストの一言も気になるしさっそく彼の新入りに挨拶をと、先程までいた場所に目をやる。しかし。
「おや……? もうどこかへ行ってしまったのか」
新入りくんの姿はすっかり消えていた。
まあ焦ることはない。一夜限りの邂逅でもないのだし、同じ組織にいる以上明日か明後日か、とにもかくにもいつかは話す機会がおとずれるはすだ。
そうボクは気楽に考えていた。
「ウェスト、どういうことなのだろうか。ボクにはさっぱり分からないのだけれど、例の新入りくんと全く接触出来ないんだ。偶然にしては無理があるような気もするし、もしや避けられているのかな」
「あー、やっぱりか」
ウェストは二度三度と訳知り顔で頷く。それから例の新入りくんのことを教えてくれる。
いわく、彼は人見知りをしているらしい。しかも自分からいくならともかく、ボクが近寄ろうとするのが彼の警戒心を引き上げてしまっているようだ。
なんとも他愛ない理由ではあるけど、すとんとおさまりが良い。なるほど、であるならばサッと姿を隠すのも頷ける。ボクは物怖じしない性格だからちゃんとは理解できないけれど、その初々しい様につい微笑みがもれる。だってそれって他人が気になるということだ。つまり彼が今もっとも気にしているのはボクだってことだろう。どんな方向性であるにせよ気にされるというのは嬉しいものだ。
「猫のような子だね。ふふ、愛らしいじゃあないか」
「お前さんも相変わらずだな。ま、気長にやれや。その内向こうも慣れてくるだろう」
「ふむ……それを待つのも大いに楽しみではあるけれど。やはりここは年上から礼儀を示すのが道理ではないだろうか」
「構いすぎると嫌われるぞ。猫ってな放置気味の方が寄ってくるもんだ」
「さじ加減が難しいね。大丈夫、ボクは少しばかり鬱陶しがられても気にしないよ」
縁を結ぶことだけなら簡単。でもそれを太く長くするには多少の強引さも時には必要だろう。ボクはこれまで幾多の人達と出会ってきたけれど、良き縁として記憶にあるのはやはり踏み込んでみた時ばかりだ。せっかく同じ騎士団の一員として共に過ごすのだから、通りすがりの人達と一緒の対応では面白くない。なのでボクは今回も、猫のような新入りくんにぐいぐい迫ってみようと思う。
正面から行ったのではまたいつものように逃げられてしまうから、奇襲を仕掛けることにした。あまり自分の戦法ではないけれど、せっかくの対面なのだからインパクトは大きくいきたい。
よくそこで見かける通り、今日も彼は背丈ほどもある岩の上に座り作業に勤しんでいる。
あれは裁縫かな。すると今背後から驚かせたら針が指に刺さるかもしれない。怪我をさせるのは本意ではないし、そういうインパクトはボクだって求めていない。
仕方ないので、彼の作業が一段落するまで木陰で待機することにした。この時期はまだ日差しもそれほど強くはなく、木陰にいるととても心地よいのだ。彼もここで作業すれば、より効率良くできるのではないのかな。思うが、人には人のやりやすい場所というのが存在する。お近づきになれたら提案してみようとは思うけど、断られたらそれまでだ。
涼しげな風に心が穏やかになる。どれほど経っただろうか、うっかりまどろみ始めた意識を引っ張り起こして岩を見やれば、ちょうど彼が腕を伸ばしているところだった。作業も一段落着いたらしい。
なんて良いタイミングなんだろう。これは神様が仲良くなることの手助けをしてくれているに違いない。
嬉しくなってボクはそろりそろりと、普段はしない忍び足で裏側から近づいてみる。
真後ろに回って配置完了。両手を筒の形にして声を発する。シンプルに一言。
「わっ!」
「へ、ぅわ」
軽く驚いたらしい彼は咄嗟に立ち上がろうとして、岩の隆起に足を取られてしまう。これはまずい。ぐらりと傾く彼の腕をいっそ引っ張って、ボクの体へと吸い込ませる。下手に倒れ込むより、ボクを支えにしてきちんと着地させる方がいくらか安全だ。咄嗟にそう判断した故の行動だった。
幸いなことに少年はすとんと何事もなく綺麗に着地できた。
「ふう、危なかったね。ボクとしたことが危険を見逃していたようだ」
怪我はないかい、と声をかければ夜明け前の静謐さを思わせる瞳がぱちくりと瞬きを繰り返す。
「何で引っ張ったの。俺が倒れていれば一緒に怪我してたかもしんないのよ」
「まあ咄嗟のことだしね。けれどもしそうなっても、ボクをクッションに君の負担は軽減されていたことだろう。驚かせてしまったのはこちらだし、当然それだけの責任はあるさ」
ふ、と微笑んで返せば少年の薄い唇がヘの字に曲がる。
「変な人……」
「ふむ。それはそう評して然るべきだね」
あっさり肯定してみると彼は意外そうに目を瞬く。人見知りだというからてっきり性格も大人しめかと予想していたが、思いの外表情のよく変わる子だ。できれば笑顔をお目にかかりたいものだ。
「まともな人間というのは自ら危険へ足を運ばないものだからね。安全な場所にいることが賢く無難だ。その真反対をいくのだから、ボク達はみんな変人に違いない」
「あぁ、そういうこと……納得、かも」
「だから君もボク達の仲間になれたわけだ。ようこそ、フォルトゥナ騎士団へ」
ずっといいたかった一言をここぞとばかりに笑みを乗せて右手を差し出す。仲間が増えたら必ずこの挨拶をしないと気がすまないのだ。
彼はそれにどう思ったのか、呆れたように肩を落としていかにも脱力した様子を見せる。
「このタイミングで言うの」
「ふふ。無難な生き方を否定しないけれど、ボクは面白おかしく生きていたいからね。君との出会い方も印象に残るようにしたいと思ったのさ。どうかな、このシエロ・ヴィレッツとの始まりは何かを予感させることが出来たかな?」
「それなりに? なんだか面白そうだとは思ったのよ」
「それは重畳!」
十分だ。変でも面白いでも腹が立つでも何でも、記憶に残ることが大事だと思う。
少年との邂逅は成功したと言っていいだろう。ボクにとっては、だけれど。