深夜のゲーム


深夜0時の男子部屋。静まり返った高専の寮の中で、そこだけがゲーム画面の放つ明かりと、賑やかな声に満ちていた。

「おい傑! 今のは卑怯だろ!」
「いや、悟が私の真後ろを走っているのが悪い」
「……ねぇ硝子ーー、一生同じとこで落ち続けるんやけど……」
「ゆっくり走ればいいだけじゃん。もう周回差着いちゃうよ」

画面の中ではカートが派手にクラッシュを繰り返している。こうやって悟の部屋に集まるのはもう何回目になるだろう。ゲームが得意な悟と傑、器用にこなす硝子、そしてセンスが壊滅的な私。順位はいつもお決まりだった。

「よっしゃ、俺1位ー。傑、手鈍ったんじゃね?」
「うるさいよ。1位の回数ではまだ私の方が少し上だ」
「ちっ。てか、唯と硝子遅すぎんだろ。唯に至ってはまだ2周目かよ」
「うるさい! 今からキラーループで追いつくから、硝子もゴールするのちょい待ってて!」
「あ、ごめん、今ゴールした」
「えーーまたゴールできなかった……」

ガックシと肩を落とす私に、傑が「ドンマイ」と優しく肩を叩いてくれる。自分でもゲーム機を買って練習しようかと本気で悩むレベルだ。

「次は、ゲームセンスとかテクニックなくても勝てるゲームがいい。何か持ってないん?」
「それなら桃鉄はどうだい?」

傑がパチンと音を立てて取り出したカセットを見せてくれた。名前は聞いたことがあるけれど、実際にやるのは初めてだ。

「桃鉄やったことないげんけど、難しくないん?」
「サイコロを振って不動産を買うだけだから難しくないよ」
「何年にする? 10年?」
「私そんな起きてられないよ」
「んー、皆寝たらそこで終了ってことで、ひとまず10年にしようか」

そうして、10年設定の桃鉄が始まった。 傑の言う通りサイコロを転がして物件を買うシンプルなルールで、確かに操作は簡単だった。それに、少し頭を使って資金をやりくりするのは、思いのほか私に合っていたらしい。先程までのレースゲームとは打って変わって、トントン拍子に資産が増えていく。

「やった! 今年も1位や!」
「くそっ、銀次さえいなけりゃ抜いてたのに」
「あれ、夏油ずっと地底にいるじゃん。どうしたの?」
「……うるさいよ、硝子」

5年目を終える頃には、私は完全に1位を独占していた。カードの引きも良く、目的地にも一番乗り。一方の傑はボンビーに取り憑かれ、マイナスから抜け出せずにいた。普段はすましている傑が苦虫を噛み潰したような顔をしていて、少し面白い。

「あっ、金沢や。目的地」

続いて画面に出た駅名を見て、ぽつりと呟く。

「唯の地元だっけ」
「うん。……元気かな、みんな」

高専に来てから4ヶ月。まだ一度も地元には帰っておらず、たまのメールだけで済ませていた。呪術師になることを両親に反対されたまま家を飛び出してきた手前、なんだか帰りづらかった。

「たまには帰ってあげたらどうだい? 冬の時期なら任務もそこまで忙しくないし」
「……そうねんけど、なんか若干気まずくて」

膝を抱えてモジモジと下を向く私に、悟があっけらかんと言い放った。

「家族に会いたいんだろ? なら気にせず帰ればいいじゃん。帰りづらいなら、旅行がてら俺と傑も一緒に行ってやるよ」
「えっ、いや、そんな……」
「お前が帰ったら、家族も喜ぶって」

予想外の言葉に、思わず悟の顔を見上げた。 悟の家は特殊で、家族との関わりがほとんどないと聞いている。そんな悟の口から家族なんて言葉が出てくるとは思わなかった。こんな風に背中を押してくれるんだから、私がいつまでもウジウジしているのは格好悪い。

「……分かった。年末、帰ることにする。お土産、みんなの分買ってくる!」
「サンキュー」
「ってことでゲーム再開しよ!」

気を取り直して、再び画面に向き直る。 6年目、7年目と年を重ねるうちに、夜はどんどん深くなっていった。7年目の決算を迎えたところで「もう限界、部屋帰る」と硝子が離脱。硝子のキャラをCPUに切り替えて3人で続けたものの、8年目の途中で傑がうたた寝を始め、ついに完全に寝落ちしてしまった。泣く泣く傑もCPUへ。残されたのは、私と悟の2人だけ。

「こいつ、勝手に人のベッド使って寝てるし」
「まあ、日頃の疲れ溜まっとったんやろ。許してあげよ」
「じゃあ朝飯奢ってもらおうぜ」
「えー……あり」

ひそひそ声で悪巧みを交わしながら、ダイスを振り続ける。
そうして迎えた10年目。時刻は4時半を過ぎ、さすがの私も眠気の限界を迎えていた。視界がグラグラと揺れる。けれど、初めてゲームで勝てるかもしれないこの一戦、なんとか最後まで起きて優勝の瞬間を見届けたかった。

「次、唯の番」
「………。あっ、ごめん。意識飛んどった」
「……さっきから凡ミス多いし、1回寝ろって」
「嫌。寝たら優勝、悟になるやん……」
「……じゃあ、ちょっと仮眠して、起きたら続きやればいいだろ。俺も寝るし」

呆れたように息を吐いた悟は、ゲームをセーブすると私の手からコントローラーをひょいと取り上げた。 言われた通り仮眠をとるため、私は床の上にそのまま丸くなった。

「タオルならあるから、枕代わりに使うか?」
「あー、うん……ありがとう」

悟から渡された大判のタオルを受け取り、頭の下に敷く。まぶたを閉じると、一瞬で意識が深い闇へと落ちていった。タオルからふんわりと漂う、悟の柔軟剤の匂いが心地いい――。
それから約5時間後。 すっかり陽の登った部屋で、自分の身体に悟の大きなパーカーが優しくかけられていたことを、夢の中の私はまだ知らない。