年越し
年末の冷たい空気が、実家の部屋を静かに包み込んでいた。
久しぶりの帰省。ずっと引っかかっていた両親との気まずさは拍子抜けするほど何もなく、2人は私の高専での暮らしに興味津々で耳を傾けてくれた。さすがに大怪我の報告には顔を曇らせていたけれど、最後には私の頑張りを認め、「自分のやりたい道に進めて良かった」と温かく背中を押してくれたのだ。
――あの時、悟が背中を押す言葉をくれなかったら、私は今頃まだ踏み出せずにいただろう。 おかげで、これ以上ないほど穏やかで幸せな年末を過ごせている。
そして、12月31日の大晦日。 家族で紅白歌合戦を見届け、両親が「おやすみ」と寝室へ消えたのを見計らって私も自分の部屋へと戻った。
日付が変わるまで、あと10分。 布団に潜り込み、冷えた手指で携帯を操作して悟へメールを返信する。
『紅白見終わってベッドなう』
『家族で年越ししねーの?』
『私んち、年越しの瞬間までみんな起きてないん』
『じゃ、年越しは、俺らとやろーぜ』
画面を見つめ、首を傾げる。 遠方にいるのにどうやって年越しをするんだろう。首をひねりつつも『分かった』とだけ返した。
実家に帰ってきてからというもの、悟とは毎日のようにメールを交わしていた。他愛もないくだらないやり取りばかりだったけれど、それがとても楽しかった。
今の悟は、硝子と傑の3人で部屋に集まっているらしい。賑やかで少し騒がしいあの空間が、目に見えるように脳裏に浮かんだ。
「あ」
ふと画面の時計が午前0時を告げたのと同時に、手元で携帯が震えた。 画面に躍るのは、悟からのテレビ電話の着信。
(どうしよう、今の格好……中学の時の激ダサジャージなんやけど!)
一瞬躊躇したものの、やっぱりみんなの顔が見たいという欲求には勝てず、意を決して通話ボタンをタップした。
『あけおめ!』
画面が開いた瞬間、悟の顔がドアップで映し出される。
「あけおめー! 硝子と傑もやっほー」
『唯ーー! いつ帰ってくるの? 早く会いたいー』
画面の奥から、硝子がとろんとした目をして画面に割り込んできた。
「え、硝子酔っとる?」
『珍しくね。この間の日本酒が美味しかったらしくて、スルスル飲んでたらこれさ』
傑が呆れたように言えば、硝子は画面越しにぐでんと身を乗り出してくる。
「えーー見たかったーー! 硝子ーー明後日には帰るよ! 私も会いたいーー」
『ってかさ、お前そのダサい服なに?』
「それ突っ込まんといて!」
笑い転げる悟の姿に、胸の奥がじんわりと温かくなる。楽しそうな3人の空気感が画面を超えて伝わってきて、嬉しい反面、むくむくと寂しさが募った。実家の居心地もいいけれど、今の私はやっぱり、早くこの3人の元へ帰りたかった。
『唯は初詣に行くのかい?』
少し顔を赤くした傑が、画面越しに優しく問いかけてくる。硝子のお付き合いで飲んでいたのだろう。
「んー、特に予定はないなぁ」
『じゃあ、こっちに帰ってきたら皆で行こう』
「行く! 行きたい!」
『なら、明治神宮にでも行こうか』
「分かった」
画面に向かってグッと親指を立てて見せると、傑が嬉しそうに目を細めた。 再び携帯が悟の手元に戻り、青い瞳が画面越しに私をじっと見つめる。
『……なんか、ここにお前がいないの、変な感じするわ』
「えーそう? 寂しかったりする?」
『バーカ。んなわけねぇだろ』
『唯ー、こいつ唯がいなくてずっと拗ねてたんだよー。だから早く帰ってきてあげて』
『硝子! 嘘言うなよ!』
『いや、あながち嘘じゃないよ悟。今日電話するって決まってから、明らかに機嫌が良くなっていただろ』
『だからちげーって!』
「アハハッ!」
硝子と傑に寄ってたかってからかわれ、耳まで赤くして反論する悟。そのやり取りがおかしくて、たまらなく愛おしくて、声を上げて笑ってしまう。
入学したばかりの頃は、まさかこんな風に心を通わせ合えるなんて思ってもみなかった。 この3人に出会えて、同じ時代を駆け抜ける同級生になれて、本当に良かったと心から思う。
『……ま、とりあえず。気をつけて帰ってこいよ』
照れくささを隠すように横を向いた悟が、ボソリと呟いた。
「うん、今日はありがと。楽しい時間共有してくれて」
『おう。……俺もお前の顔見れて良かっ――』
プチッ。
突如として暗転する画面。私が切ったわけでもない。向こうの手違いか、充電でも切れたのだろう。
唐突な終幕にくすっと笑いながら、私は改めて悟へメッセージを打った。
『ありがと、おやすみ』
送信完了の表示を確認し、携帯をサイドテーブルに置く。 部屋の電気を消すと、心地よい静寂と温かな余韻が部屋を満たしていった。
これ以上にないくらい、幸せな1年の始まりだった。