ラウンドワン


4月。私たちが2年生へと進級しても、クラス替えもなければ担任の夜蛾先生も変わらない。だから学年が上がったという実感はあまり湧かなかったけれど、唯一の大きな変化といえば、後輩ができたことだった。
七海くんと灰原くんの2人は、驚くほど正反対の性格をしている。七海くんはいつも落ち着いていて大人びており、対照的に灰原くんは人懐っこくてザ・後輩といった雰囲気を全身から醸し出していた。最初は「気が合わなさそうだけど大丈夫かな」と少し心配していたものの、それはまったくの杞憂だった。放課後、なんだかんだと言いながら楽しそうに言葉を交わしている2人を、最近はよく見かける。

そして、季節が新緑へと鮮やかに移り変わった5月の初め。 今日は私たち4人とも任務がなく、午前の授業を受けたらそれで終わりだった。教室の窓から吹き込む風を浴びていると、悟が思いついたようにパッと声を上げる。

「なぁ、七海と灰原誘って遊びに行かね?」
「遊びにって、どこにだい?」

傑が首を傾げると、悟はニシシと悪戯っぽく笑った。

「ほら、唯がこの前言ってたラウワンってとこで、スポッチャでもしよーぜ」
「え、行きたい!!」
「いいね。彼らもまだ学校にいるだろうし」
「って事で、行こーぜ!」

そうして私たちは、1年の教室へと向かった。 扉を開けると案の定、灰原くんは子犬のようにパッと表情を明るくし、反対に七海くんは「面倒な人たちが来た」と言わんばかりに深く眉間に皺を寄せた。

「あ! 先輩たち、どうしたんですか?」
「よー、灰原と七海ー。今から皆で遊びに行かね? どうせお前ら暇だろ?」
「いえ、私は明日の課題の準備をするので」

素っ気なく断ろうとする七海くんの肩を、灰原くんが笑顔で叩く。
「七海、それさっき終わらせてただろ? 僕たちも行きまーす!」
「……はぁ」

結局、七海くんも引きずられる形で一緒に行くことになった。 みんなで歩いて駅まで向かい、電車に揺られる。ガタゴトと響く揺れの中で談笑するみんなを見渡していると、まるでごく普通の高校生の青春を過ごしているみたいで、少し胸が高鳴った。

「またニヤケてるな」
悟が上から覗き込むようにからかってくる。

「……いーの! 楽しいんやから」

悟からの指摘もまったく気にならないくらい、今の時間は特別で愛おしかった。
電車を降りた私たちが向かったのは、先月下旬に東京に初めてできたという話題のラウンドワンだ。スポーツやゲームが一度に楽しめるアミューズメント施設らしく、先日テレビで目にして「行ってみたい」と教室で話していたのを、悟は覚えていてくれたらしい。 施設に入り、事前に料金を支払ってさっそくスポーツエリアへと向かう。

「すごーい! 何でもあるやん!」
「おい傑! 見てみろよ、バッティングマシーンもあるぜ!」
「とりあえず、フットサルとかしませんか!」

灰原くんの提案で、まずは3対3の簡易的なフットサルをすることになった。チームの公平を期すため、グーとパーで分かれる。

「じゃ、夏油さん、唯さん、よろしくお願いします!」
「ああ、頑張ろうか」
「足引っ張ったらごめん! 先に謝っとく!」

私たちは、私・傑・灰原くんのチームに決定した。対する相手は、悟・硝子・七海くんチーム。

「なんかこっちのチーム、やる気ないやつばっかじゃね?」

不満そうに零す悟に、硝子がだるそうに息を吐く。

「そんなことないよー。私、ゴール前から動かないからお前ら頑張れ」
「……程々に動きます」と七海くん。

私はフットサルどころか球技全般が得意ではないので、とりあえず全力で走ってコートを回ることにする。 ジャンケンで勝った私たちのチームがボールを真ん中に置き、合図とともに傑が鮮やかに蹴り出した。すかさず悟が阻止しようと前に出るが、傑は華麗なパスで灰原くんへと繋ぐ。灰原くんはゴール前に立っていた硝子を難なく抜き去り、そのままゴールへシュートを決めてしまった。
あっという間の出来事に、私は呆然と立ち尽くす。灰原くん、運動神経が抜群だ。

「やりましたね、夏油さん!」
「あぁ、見事なゴールだったよ」
「二人とも上手やん! これは私立ってるだけでも勝てそうや」
「いや、次は唯にパスを回すよ」
「えっ」

盛り上がる私たちを他所に、悟たちのチームは連携が取れておらず、悟が苦々しい顔をしている。確かに悟以外は完全な省エネメンバーだ……。
続いて悟たちの攻撃の番。七海くんがボールを蹴り出し、見事なドリブルでゴール前まで進む。シュートの直前に悟へパスが渡り、そのまま悟が決めようとした瞬間、私は夢中で悟の前へと駆け寄った。

「悟! ボールちょうだい!」
「いや、今お前敵だからっ」
「お願い!」

体が触れ合いそうなほど強引に距離を詰めると、悟は一瞬狼狽えて足をボールから離してしまった。その隙を見逃さず、私はボールを力任せに遠くへ蹴り飛ばす。それを待ち構えていた灰原くんがしっかりと受け止め、そのまま再びゴール!

「やった! 灰原くんナイス!」
「いえ! 唯さんが五条さんからボール奪ったおかげです!」
「……悟は弱いからね」

気分が上がった私は、駆け寄ってきた灰原くんとパンッと両手でハイタッチを交わした。ナイスなコンビネーションでまたもや得点だ。悟なら私くらい簡単に交わしてゴールできたはずなのに、手を抜いてくれたのかな。そう思って悟の方を見ると、なぜかジーッと不機嫌そうにこちらを睨みつけていた。

「……何やってるんですか、五条さん」
「そうだよ五条。唯に簡単にボール取られちゃってさ」
「……うるせーよ! つーか硝子もさっきから全然防ごうとしてねぇじゃねーか!」
「だって灰原のボール速いんだもん。無理無理」

向こうのチームワークは相変わらずで、悟ひとりが空回りしている。 結局、悟のチームは最後に1点だけ返したものの、私たちのチームの圧勝で試合は終了した。勝ったご褒美として、負けチームからジュースを奢ってもらうことに。

「五条、私も出そうか?」
「いーって。俺が出す」
「……いい所あるんですね、五条さんにも」
「おい七海、お前俺をなんだと思ってんだ」

そんな軽口を叩き合いながら、悟が自販機の前でみんなに好きな飲み物を買っていく。私の番が来て、悟の隣に立った。

「悟、ありがと。私、これがいい」

ボタンを指差すと、悟はジュースを買ってくれながら、ぽつりと低く呟いた。

「……なぁ、何かお前と灰原、距離近くね?」
「え、そうけ? んー、まあこの間、妹トークで盛り上がって結構仲良くなったかも」
「……何それ、知らないんだけど」
「だって悟、任務でおらん日やったもん。あ、次バッティングマシーンでもしてみよっかな!」
「ちょっ、待てって!」

悟から飲み物を受け取ると、私は傑たちが向かったバッティングコーナーへと走った。
その後も、みんなで汗を流してスポーツを楽しみ、ゲームコーナーで遊んでカラオケで歌い……気づけば時計の針は夜の8時を過ぎていた。 帰り際、UFOキャッチャーのコーナーをブラブラと歩いていると、ひとつの台の前で足が止まった。

「えっ、かわいい……」

大きなリラックマが寝そべっている型のぬいぐるみ。これは取るしかない、と張り切ってお金を投入したが、アームはむなしくぬいぐるみの表面をすべり落ちていく。

「唯さん、何してるんですか?」

500円ほど使ったところで、灰原くんが後ろから覗き込んできた。

「あ、灰原くん。このぬいぐるみ欲しくてやっとるんやけど、全然取れんくて」
「このぬいぐるみっすね! 自分、割と得意なんでやってみてもいいですか?」
「ほんとけ! お願いしてもいい?」
「任せてください!」

頼もしく袖をまくり上げ、UFOキャッチャーにチャレンジしてくれる灰原くん。しかし重さがあるせいか、手前に引き寄せることすら難しい。何度も二人で唸りながら挑戦していると、後ろから悟たち4人がやってきた。

「何してんの?」
「リラックマのぬいぐるみ欲しくて、灰原くんに取ってもらっとるとこねん」
「そうなんですよー。なかなか難しいです」

それを聞いた瞬間、悟はあからさまにムスッとした表情を浮かべ、灰原くんの肩をポンと叩いて脇へ退かした。

「俺が取る」

そう言って、ポケットから100円玉をチャリンと投入し始める。

「悟、UFOキャッチャー得意じゃないやん」
「うるせぇ。俺が取るっつったら取るんだよ」

何故かムキになっている悟。でも本人が取ると言っているのだから、私は素直に見守ることにした。

「……夏油さん、これはつまりそうゆうことですか?」
「そうゆうことだね。あんまり仲良くしすぎると、目の敵にされるよ」
「……了解です」
「……はぁ、面倒臭い」

後ろで男子たちがそんなヒソヒソ話を交わしているとは露知らず、私は「悟、行けー!」と必死に応援していた。
結局、3,000円ほど費やしたところで、ついに大きなぬいぐるみがガトンと落ちてきた。
「ほらよ」 悟が少し気まずそうに、でも誇らしげにぬいぐるみを差し出してくる。

「やったーー! ありがとう! 一生大事にする!」
「一生って大袈裟だな」
「でもそれくらい嬉しい!」

貰ったぬいぐるみをギュッと胸に抱きしめてお礼を言うと、悟の顔から険しさが消え、いつもの満足そうな表情に戻った。
その後、近くのファミレスで遅めの夕食を食べ、高専の敷地に帰ってきた頃には10時を過ぎていた。 部屋に戻り、貰ったぬいぐるみをベッドの頭元にちょこんと置く。それから財布を引っ張り出し、今日みんなで撮ったプリクラを取り出した。
変なポーズをとる悟と傑、照れくさそうにする七海くん、満面の笑みの灰原くん、硝子、そして私。

「……楽しかったなぁ」

こんな風に呪霊や任務のことなんて忘れて、ただの高校生として笑い合える日が、また来るといいな。
そんな願いを込めて、私は一番お気に入りの一枚を、携帯端末のカバーの裏側にそっと挟み込んだ。