恋バナ
高専から少し離れた、都内の落ち着いたカフェ。木漏れ日が差し込む店内には香ばしいコーヒーの香りが漂い、女子会にぴったりの雰囲気が流れていた。
テーブルを挟んで座るのは、硝子と歌姫先輩。 今年の3月に高専を卒業した歌姫先輩とは、こうして今でもたまに集まってランチを一緒に楽しんでいる。そして今日、私がこの場所に2人を呼び出したのは――心に秘めていた「ある報告」をするためだった。
「お二人にお話したいことがありまして……」
少し身を乗り出し、意を決して口を開く。しかし、続きを紡ぐ前に硝子がジト目で私を見つめ、あっさりとその先を横取りした。
「五条に告白された?」
「ぶっ――!?」
あまりにストレートすぎる打球に、飲みかけた水を豪快に吹き出してしまった。慌ててテーブルを拭き、店員さんを呼んで申し訳なさそうにグラスを交換してもらう。私の大失態に、硝子は涼しい顔でクスクスと笑っていた。
「告白はされとらんげんけど……ってか、なんで告白!? なんか知ってるん!?」
「別に何も。でも、五条の様子見てたら好意あるのバレバレじゃん」
「そうよ、あの五条が大人しく優しく接してるの、唯ぐらいよ」
「しかも、花火大会の日に二人でどっか行ってたじゃん。もう確定事項だと思うでしょ」
「うわー……やるわね、五条」
「ですよねぇ」
「ねぇ」と顔を見合わせる2人。息の合ったやり取りに、私は反論の言葉を失ってしまう。
確かに、悟が私に特別な感情を抱いているのではないか、と感じる瞬間は何度かあった。けれど直接言葉にされたわけではないし、どこか自惚れかもしれないと深く考えないようにしていたのだ。
――けれど、あの花火大会の夜。
人混みの中で強く握られた手。二人きりになった静寂の中で、彼が口にしようとした言葉。 結局最後まで聞くことはできなかったけれど、悟のまっすぐな瞳が誰に向けられているのか、あの夜確信へと変わったのだ。
そして、翌日以降も悟の態度は何一つ変わらなかった。クラスメイトとして、友人として、いつも通り軽快に接してくる。 ……変わってしまったのは、私の方だった。悟のことが好きだと、自分の気持ちに気づいてしまったから。
「それじゃあ、本当に話したかったことって何なの?」
硝子に会話の主導権を引き戻され、急に肩身が狭くなる。私は2人からの視線を避けるように少し俯き、小さく息を吸い込んだ。
「……悟のこと、好きだと気付きました」
言葉にした瞬間、体中の熱が一気に顔へと集まっていくのが分かった。人に「誰かを好きになった」と打ち明けるのが、これほどまでに心臓を跳ねさせるものだなんて知らなかった。あの夜の悟は、きっと私以上に緊張していたのだろう。
2人がどんな反応をするのか、恐る恐る顔を上げてみる。 甘い恋バナに花を咲かせる女子会の反応を期待していたのだが――目の前にいたのは、まるで苦い虫でも噛み潰したかのような、実に渋い顔をした2人だった。
「……まあ、そうなるかなと思ってたけど」
「五条を選んじゃったのね……残念よ」
「えっ、何ですかその反応!?」
思い描いていた「キャッキャッ」とした歓声とは程遠いリアクションに、思わず声を上げてしまう。
「だってあの五条よ? ノンデリで、自己中で、基本人のこと見下してるじゃない。せめて夏油を選んでくれた方がまだマシだったわ」
「……すごい言われよう」
「まあでも歌姫先輩、唯の前だと五条も人が変わるんですよ」
「そうね。あたしたちの知らない五条なんでしょうねぇ……」
同性からの評価は散々なものだ。苦笑いしながらも、心の中では少しだけ悟を弁護する。 確かに、入学当初の悟は威圧的で怖くて、あの頃のままなら絶対に好きになることはなかったと思う。けれど、共に過ごし、少しずつ心の距離が縮まっていく中で見せてくれた優しさや素直さに、私はどうしようもなく惹かれていったのだ。
「で? お互いに両思いって分かったんでしょ。付き合わないの? 唯から告白すれば一発じゃん」
「……それなんやけどさ」
グラスを指先でいじりながら、胸の中に抱えていた複雑な心境を打ち明けた。
「悟、最近反転術式も会得して、ますます忙しくなったやん? その状況で付き合っても、私の存在が重荷になりそうやなぁって……」
「重荷にはならないでしょ。むしろ今まで以上に調子乗ってやる気出すんじゃない?」
「あとは……完全に自分の問題で。今は2級昇格のために集中したくて、下手に恋愛モードに入ると練習とか手につかなくなりそうやから。まずはちゃんと昇格できてからにしようと思ってます」
そう――どれだけ気持ちが通じ合っていようと、私たちは呪術師だ。 その本分を忘れて浮かれるのは良くないと、自分を強く戒めるために「すぐには告白しない」と決めたのだ。
隣にいられなくなるわけじゃない。それに、これから先も呪術師として、長い時間を共に過ごしていくのだから。焦る必要なんて、どこにもない。
「そっか。唯がそう決めたなら、私は何も言わないよ」
「そうね。それに『彼女できた』なんて調子づく五条の顔、見たくもないし。……唯、人生は長いし男なんて世の中にたくさんいるんだから、もっと広い視野を持つのよ?」
「歌姫先輩、あからさまに五条とくっつくの阻止しようとしてますよね」
「当たり前でしょ! 可愛い後輩なんだから、もっと性格の良い男とくっついてもらいたいのよ!」
「えー、歌姫先輩がそこまで言ってくれるなら、他に良い人が現れるまで待ってみようかなー」
なんて笑い合いながら、賑やかなランチタイムは過ぎていく。
――私からは、まだしばらく気持ちは伝えない。 けれど、もし今度、悟の口からあの夜の続きが紡がれたなら。 その時は迷わずに、まっすぐ彼の気持ちに応えよう。
初秋の風が通り抜けるカフェの中で、私はそっと心に誓っていた。