告白
体調が回復してからも、タイミングさえ合えば悟は私の部屋を訪れ、私が眠りにつくまでその手を握り続けてくれた。
大きな掌から伝わる体温。それが私の心を落ち着かせ、あんなに悩まされていた悪夢を見る回数は次第に減っていった。暗闇に対する恐怖が少しずつ薄れていくのと相反するように、胸の中で膨らんでいくのは悟への想いだった。寝ても覚めても、頭の中を占めるのは彼のことばかりで、もうどうしようもないほど惚れ込んでいることを自覚していた。
それでも、私から想いを伝えることはなかった。あの任務以来、自分の中で芽生え始めてしまったある気持ちが、私の心を重くさせていたからだ。
そうして迎えた、12月7日。
傑は長期任務で不在。悟も夜遅くならなければ高専には戻らないらしい。今年も彼の誕生日をみんなで賑やかにお祝いすることは叶わず、私はひとり、彼の帰りを部屋で待つことにした。一応硝子にも声をかけたのだが、「忙しいからパス」と素っ気なく断られてしまった。きっとあれは、私と悟が二人きりになれるようにという、硝子なりの気遣いだったのだと思う。
「……はやく帰ってこんかな」
用意したプレゼントを膝の上で抱きしめながら、静まり返った部屋で時計の針を目で追った。
夜の10時を過ぎた頃、画面が光り「今帰った」と短いメールが届く。私は慌てて上着を羽織り、冷え込む外へと飛び出した。
「……おかえりっ」
走って外に出ると、闇の中に佇む背の高い影をすぐに見つけた。どんなに暗くても、どれだけ離れていても、一目で見つけられてしまう。その姿を視界に収めるだけで、胸の奥から大好きという感情が溢れ出して止まらなくなる。
「ただいま。……別に起きて待ってなくて良かったのに」
「折角の悟の誕生日なんやし、直接お祝いしたくて。改めて、誕生日おめでとう!」
「……さんきゅ」
悟は少し照れくさそうに視線を横へ逸らしながら答えた。そんな仕草ひとつにすら可愛いと思ってしまうのだから、私はつくづく重症だ。
立ち話もなんだからと、悟は私を抱えて術式で高専の屋上へと跳んだ。凍てつく冬の夜空に一番近い場所で、2人並んで風に吹かれる。
「はいこれ、誕生日プレゼント。3人からのはまた今度渡すとして……これは、私からの分ね」
「……マフラー?」
「そう。悟もそうやけど、男の人って寒くてもあんまり着込まんやん?マフラーならサッと巻けて楽かなと思って」
渡したのは、深い紺色のマフラー。本当は手編みに挑戦していたのだが、どうあがいても誕生日に間に合いそうになく、結局は市販のものを買ったのだった。けれど、私の拙い手編みなんかよりずっと質の良い品を渡せたのだから、結果的にはこれで良かったのだと思おう。
悟はさっそくそれを首に巻き、「似合う?」と私を見下ろした。
「似合う!やっぱ悟は青色系がいちばん映えるね」
「だろ?まあ、俺は何着ても似合うけど」
「まーたすぐ調子乗る」
顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。特別などこかに行かなくても、こうして何もない時間の中で笑い合えるだけで、心から幸せだと感じていた。
私は姿勢を正し、正面から悟の目を見つめた。
「悟、いつもありがとう。悟がおるから学校生活がすっごい楽しいし、呪術師としても頑張ろうって思える。弱い私に呆れもせんと練習に付き合ってくれて、感謝しとる。悟に出会えて、本当に良かった」
普段なら気恥ずかしくて口にできない素直な気持ち。急に真面目なトーンで伝えたせいか、悟は目を丸くしたまま固まっている。けれど、今日という特別な日を逃せば、二度と伝えられないような気がしたのだ。
言葉を吐き出し終えると遅れて猛烈な恥ずかしさが押し寄せ、耐え切れずに視線を落とした──その瞬間。
視界が遮られ、強い力で引き寄せられた。
「さ、悟!?」
「唯」
いつもと違う、低く重い声。耳元で鼓膜を揺らすその声音は、友達としてではなく、1人の男として呼んでいた。ドクン、と心臓が跳ね上がる。
「俺、お前が好きだ。付き合って欲しい」
あの夏の日、花火に遮られた言葉の続きが、今、冬の夜空の下で確かに紡がれた。
ずっと、ずっと待ち望んでいた言葉だった。胸が張り裂けそうなほどの愛おしさと幸せが最高潮に達すると同時に──胸の奥底から、冷たく暗い感情がドロリと広がり出す。
あの任務さえなければ、私はは迷わず彼を抱き締め返して「はい」と答えていただろう。でも、今の私は───。
「……ごめん。少し、考えさせてほしい」
私の口から漏れた冷たい拒絶は、冬の澄んだ空気に白く溶け、静かに消えていった。