帰る場所
ぼんやりとした頭から少しずつ意識がはっきりしてきて目を開けると、夕暮れ空が広がっていた。 あれ、さっきまで呪霊と戦っていて、自分の術式に飲み込まれて……それ以降のことが何ひとつ思い出せない。 身体を起こすと、辺りは倒壊した建物の残骸と木片の山になっていた。どうやら建物ごと壊してしまったらしい。廃墟だから良かったものの、これはあとで怒られそうだ。
「そう言えば、子供たちは……」
建物の中に逃げ遅れていた子供たち。周りを見渡しても姿は見当たらないので、補助監督の人と一緒に病院にでも向かったのだろう。何にせよ、一級呪霊を祓えて被害者を一人も出さなかったのは褒めてほしいくらいだ。そして、私も無事に帰ってこられたことも。 携帯を取り出して時刻を確認しようとしたが、電池が切れていて画面は真っ暗なままだった。補助監督とも連絡が取れないため、仕方なく歩いて駅まで向かい、電車に揺られて高専へと戻った。
ガラッと扉を開けて教室に入ると、中にいた硝子と傑に、まるで亡霊でも見たかのように目を見開かれた。
「唯……!? あんた、どこ行ってたの!?」
「え、どこって任務やけど……」
「1週間も連絡無しで!?」
「い、1週間……!?」
言われたことが理解できず固まっていると、傑が携帯を開いて画面を見せてくれた。そこに表示されていた日付は、確かに12月31日を示している。 1週間も、私はあの場所で眠っていたのだろうか。誰にも発見されないまま。そんなことが有り得るのだろうか。
「私の体感、数時間とかそんなもんやったんに……」
「唯、身体に異変はないかい?」
「特に問題無いと思うけど……」
「一回診る。一緒に来て」
そう言って硝子に腕を強く引かれ、教室を後にした。スタスタと無言で廊下を歩く硝子。これは、無茶をしたことにかなり怒っていそうだ。 医務室に着き、向かい合って座ったところで意を決して話しかける。
「あ、あの……硝子?」
「何?」
「その、無茶してごめん。心配かけたよね」
「……怒ってない。でも心配はした。もう戻ってこないんじゃないかって」
そう言って視線を落とす硝子に、胸がギュッと締め付けられた。私は硝子を正面から抱きしめ、頭を優しく撫でる。
「ごめん、ほんとに。もう無茶はせんから。それと、待っててくれてありがとう」
「……次やったら、私が殺すから」
「えっ!? 硝子さん怖いです……」
「嘘、冗談。じゃ、診るね」
硝子は手慣れた手つきで目や口、体調などを診察し始めた。特に痛むところはなかったが、重度の貧血状態ということで、しばらくベッドで安静にすることになった。
「何か異変があったら怖いから、私もここに居る」
「うん、ありがとう。……あのさ、悟には」
「もう連絡入れてある。夜には戻るんじゃないかな」
「分かった。じゃあ、ちょっと寝るね」
「おやすみ」
硝子に声をかけ、目を瞑るとものの数分で深い眠りに落ちていった。 夢の中で、私はあの呪霊と戦っていた。そして最後には同じように術式に取り込まれ、意識が遠のいていって——。
「——唯! 唯!」
「……はっ!」
名前を呼ばれて勢いよく目を開けると、すぐ近くに悟がいた。体はじっとりと汗をかいている。だいぶうなされていたのだろう。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「大丈夫か? 水飲むか?」
汗をかいている私を心配して、悟がペットボトルの水を差し出してくれる。身体を起こして水を受け取り、一口喉を潤した。
「……あれ? 硝子は?」
「俺と入れ替わりで風呂行った。体調は?」
「うん、別に問題ないよ。……ごめんね、疲れとるやろうに付き合わせて」
「そんなの別にいいんだよ。……お前が帰ってきて、本当に良かった」
そう言って微笑む彼の顔は、心底安心したような優しい色を帯びていた。
(きっと、たくさん心配をかけたんだろうな)
「私も、戻って来れてよかった」
「ってか、1週間もどこいってたんだよ。俺でも見つけられなかったんだぞ」
「それが、あの現場からどこも行っとらんくて……。起きたらその場で寝てたんやって。呪霊を祓うために自分も結界の中に入れたら、そのまま呪力コントロールが出来んくなって、意識失ってん」
「自分の結界の中……ある種、封印されたような状況だったのか。そんで呪力が切れて、元に戻ってきたってところだな。良かったな、呪力が無尽蔵に湧くタイプだったら帰って来れなかったぞ」
「……怖い想像させんといてよ」
「ま、一級呪霊を一人で祓えてすげーよ。強くなったな」
「……っ!」
私よりもずっと強い悟からの言葉。それが本当に嬉しくて、自然と口元が緩んでしまう。
「あ、ありがとう」
「そんじゃ、そろそろ聞かせてもらっていい? 返事」
「あっ……」
バタバタしていて、返事をする約束を完全に失念していた。 返事の内容は決まっているけれど、いざ改めて口にしようとすると途端に恥ずかしさが込み上げてくる。でも、ずっと待っていてくれた悟に、きちんと言葉にして伝えたい。
意を決して口を開こうとしたその時、医務室のドアが勢いよく開いた。
「五条、戻ったよ。あ、唯、目が覚めたんだね」
「硝子! うん、さっき起きたところ」
「……タイミング考えろよ」
「は? 知らないよ。唯もお風呂行きたいだろうし、五条は帰りな」
「お、おい!」
硝子は悟を立ち上がらせると、容赦なく医務室の出口まで押し出していく。悟は部屋を出される直前、私に向かって振り返り、大声で叫んだ。
「唯! 明日ってか今日の夜7時! 屋上集合な!」
今度は、悟が約束を指定してくれた。 今度こそ逃げずに伝えるんだ、私の本当の気持ちを。