嫉妬


実家への帰省は、夜蛾先生からの後押しもあって一週間という長めの滞在になった。 家族と水入らずの時間を過ごし、久しぶりに中学時代の友人たちと再会するなど、心身ともにしっかりと満たされる充実した時間となった。
その間も、悟とは離れている距離を感じさせないような交流があった。 彼が任務を終えた深夜、互いに通話を繋いだまま眠りにつく——いわゆる寝落ち通話を何度か重ねた。眠気でうとうとする悟の低く心地よい声に包まれながら深い眠りに落ち、朝目を覚ますと通話は切れているものの、『行ってくる』と短く添えられたメッセージが届いている。遠く離れていても、寂しさを覚える暇すらなかった。
そうして一週間の帰省を終え、東京に戻ってきた夜のこと。 高専への帰り道、任務終わりだという傑に偶然出くわし、そのまま二人で並んで帰ることになった。

「帰省はどうだった?」
「ゆっくりできたよー。こんなになんもない一週間、久しぶりやったわ」
「そうか。それは良かったね」
「傑は? 帰省とかせんの?」
「そうだな……もう少し任務が落ち着いたら、かな」
「傑も任務出突っ張りやしね……明日からは私も任務復帰するし、傑が暇になれるよう頑張るわ!」
「ありがとう。でも、無理はしちゃダメだよ」

そう言って目元を和ませる傑は、どこか頼もしい兄のような安心感を与えてくれる存在だ。 こうして呪術師を続けられているのも、悟と付き合う一歩を踏み出せたのも、すべては傑が背中を押してくれたおかげだ。本当に感謝してもしきれない。

「あ、今度さ、おいしい蕎麦屋見つけたから一緒に行こ」
「いいね。でも……二人で出かけるのはあまり良くないんじゃないかな」
「え、なんで?」
「悟と付き合っているのに、他の男と二人きりというのは、あいつも面白くないと思うよ」
「えーそうかなー。傑とはずっと友達ねんから、悟も何も思わんと思うんやけど」
「あんまり唯には見せてないだけで、嫉妬深いよ、悟は」

悟が傑に嫉妬する姿なんて、まったく想像がつかない。 相手が自分の知らない男性であれば流石に何か言ってくるかもしれないが、気心の知れた傑相手なら、何も気にしないのではないだろうか。
そんな他愛のない雑談を交わしているうちに、あっという間に高専の最寄り駅に到着した。 時刻はすでに午後九時を回っており、しんと静まり返った暗い参道を二人で歩いていく。

「そんで、私のお母さんがさ……」
「唯!」

後方の闇の中から、突如として自分の名前を呼ぶ声が響いた。 振り返る暇もなく近づいてきたのは、任務から戻ってきたばかりの悟だった。 「ただいま」と言おうと口を開きかけた瞬間、彼は私の手首を強引に掴むと、傑に声をかける隙すら与えずスタスタと大股で歩き出してしまった。

「さ、悟……?」
「…………」
「何か、怒っとる……?」
「……別に」

あからさまに不機嫌な横顔を見つめながら、何か彼を苛立たせるようなことをしただろうかと思考を巡らせる。 強いて言えば、先ほど届いていた彼からのメールに返信していなかったことくらいだ。ただ、傑と話していた最中だったし、もうすぐ高専に着くから直接話せばいいやと後回しにしてしまっていた。
悟は歩く速度を緩めないまま寮の中にまで私を引き入れ、自室の前でようやくその手を離した。

「あの、悟……メール返さなかったこと怒ってるならごめん。これからはちゃんと返——」
「そんな事で怒らねぇよ!」
「え……じゃあ、何で怒って……」

問いかけると、悟はようやくこちらへと振り返った。 その表情にはいつもの余裕や飄々とした雰囲気はなく、どこか苦々しげにくしゃりと歪んでいた。そして、ぽつりと絞り出すように呟く。

「……お前が傑と二人で帰って来たのを見て、ちょっとムカついた」
「えっ……」
「一週間ぶりだから一番に会いたかったのに、傑に先越されて……しかも、すごい楽しそうに話してて」
「……」

悟のその言葉に、先ほど参道で傑が口にしていた「悟は嫉妬深い」という言葉が不意に脳裏をよぎった。
……本当に、嫉妬していたんだ。

「でも……冷静になって考えたら、俺がガキなだけだった。悪かった」

悟は気まずそうに視線を落とし、少しだけ頭を下げた。 世界最強と謳われる彼が、まるで大人に怒られた子供のように縮こまっている。そのギャップが可笑しくもあり、たまらなく愛おしくて、私は小さく笑うと一歩近づき、彼の柔らかい白髪をワシャワシャと優しく撫でまわした。

「おい! 何すんだよ!」
「いや、悟が可愛いなーと思って」
「はぁ!? 何がどうなったらその感情になるんだよ」
「……心配せんでも、私が好きなんは悟だけやよ。悟しか見てない」
「……っ。ほんとに、調子狂うわ」

悟はパッと顔を背けると、白い頬を真っ赤に染め上げた。 こんな風に彼を照れさせることができるのは、きっと世界中で私だけの特権だ。大好きな人の様々な表情を見られることに、深い幸せを感じる。

「……後で傑にも謝らんなんね」
「あぁ。帰ってきたら直接言いに行く。……あとさ、再来週の唯の誕生日、一日空けといて」
「分かった。どっか行くん?」
「それは内緒。まあ、期待しといてよ」
「えー楽しみ! しかも初デートやしね」

自分の誕生日が、付き合って初めての本格的なデートになるなんて。嬉しさと同時に、今から胸がドキドキと鳴り響いて止まらない。 その日はとびっきりお洒落をして出かけようと、心の中で固く誓った。