ホラー鑑賞


誕生日デートが終わってからというもの、悟は再び長期の任務へと赴き、高専へ戻ってこない日が続いていた。同じく任務で不在がちな傑の姿もなく、静まり返った校舎で私と硝子の二人きりの時間が流れていく。

「……なんか、寂しくなったなぁ」

ぽつりと漏らした私の言葉に、硝子が視線を向けた。

「五条がいなくて?」
「いや! そうじゃなくて!……4人で話せる機会、減ったなぁって。教室で皆で授業受けることも、最近はほとんど無いし」
「まあ、仕方ないね。五条は特級、夏油も一級でほぼ特級と同等扱いだし」

淡々と事実を口にする硝子の横顔を盗み見る。どこか遠くを見つめるその瞳には、隠しきれない寂しさが滲んでいた。彼女がこれまで見送ってきた、数知れない呪術師たちの死。そして、少し前の私の失踪。さまざまな記憶が、彼女の胸をかすめているのかもしれない。
私は立ち上がると、そのまま座っている硝子の横へと歩み寄り、その華奢な肩をそっと抱きしめた。

「……じゃあ、帰ってくる度に硝子にハグしに行くね」
「はいはい」

面倒くさそうに眉をひそめる硝子。けれど、そんな素っ気ないところも含めて、私は彼女のことが大好きだ。

「あ、そうや硝子。今日の夜、心霊特番一緒に見ん?」
「いいよ。唯の部屋?」
「うん!なんか一緒に食べる?」
「そだね。あ、七海と灰原も声かける?あいつらも高専にいると思うし」
「そうしよ!ホラーはみんなで見た方が楽しいしね。後でコンビニに冷凍ピザとか買いに行こー」
「一人で見れないだけじゃん。買い出しはりょーかい」

そう約束を交わし、午後の授業が終わるのを待って後輩二人を誘い出した。そのまま4人で連れ立って、夕暮れ時のコンビニへと向かう。

「家入さん、何ですかそれは」

店内を歩いていると、七海くんが呆れたような声をあげた。

「ん?缶ビール。七海も飲む?」
「未成年に堂々と酒を勧めないでください。私はいりません」
「残念。唯もチューハイなら飲む?」
「えーー……でも、ホラー見るなら飲んだ方が怖くないかも。飲もうかな……」
「唯さん、ホラー苦手なのに特番見るんですか?」

身を乗り出すように尋ねてくる灰原くんに、私は苦笑いを返した。

「ほら、怖いもの見たさってあるやん?あと、人と一緒にキャーキャー言いながら見るんが楽しいし!」
「なるほど!指の隙間から見るやつっすね!」

そんな賑やかなやり取りをしながら、思い思いの食べ物と飲み物をカゴに放り込んでいく。学食で簡単に準備を整えたあと、私の部屋へと移動した。
部屋の奥から私、硝子、灰原くん、七海くんの順に座り、テーブルいっぱいに広げた料理をつつき始める。

「夏油さん達はまだ帰ってこないんですね」
「そうやねー。二人とも来週って言ってたわ」
「唯さんは五条さんと暫く会えなくて寂しいですか?」

不意に灰原くんがまっすぐな瞳で聞いてきた。
悟と付き合い始めたことは、硝子と傑に報告した翌日、二人で並んで歩いていた際に悟の口から伝えられていた。二人とも「ようやくですか」とあっさり返したらしい。そんなに恋愛オーラ出してたわけじゃないのに、みんな案外気づくものなんだなと、少し照れくさくなった。

「んー、寂しいっちゃ寂しいけど。硝子もおるし、今日は灰原くんと七海くんと心霊パーティーしとるから大満足」
「んじゃ、今日は元気に心霊番組見ましょう!」
「いえーい!七海くんもたくさん食べよっ」
「……唯さん、既に酔ってませんか?」
「酔っとらんって!はい、カンパーイ」
「唯、いいねー」

怪訝そうな顔をする七海くんを半ば強引に巻き込み、4つの缶を突き合わせた。
気づけば硝子や傑に流されるまま、お酒を覚えるようになっていた。七海くんと灰原くんも、文句を言いながらも付き合いで少しだけ付き合ってくれる。大人になったら、歌姫先輩も巻き込んで、お酒を飲ませる嫌な女の先輩トリオになりそうだな──なんて未来を想像して、小さく口元が緩む。
番組が始まると、思わず背筋が凍るような映像に悲鳴をあげたり、感想を言い合ったりと、恐怖と楽しさが入り混じった賑やかな時間が過ぎていった。
時計の針が午後11時を回る頃、明日も授業や任務を控えているため解散となった。みんながそれぞれの部屋へと戻り、先刻までの喧騒が嘘のように静まり返る。温もりの消えた空間にぽつんと取り残されると、急に寂しさが押し寄せてくるのはよくあることだ。
ベッドに倒れ込み、この間のデートで撮った写真画面をなぞる。

「……悟、何しとるかな」

小さく呟いたその瞬間、タイミングを見計らったかのように画面に悟の名前が浮かび上がり、着信音が鳴り響いた。

「もしもし〜」
『今一人?』
「うん、さっき解散した〜」

集まっていた時に撮った写真を送っていたから、部屋でみんなと過ごしていたことは悟も知っている。画面越しに、少しだけ拗ねたような声が返ってきた。

『いいなー。俺も早く帰って混ざりたい』
「早く帰ってきてや。悟も一緒にコンビニ飯パーティーしよ」
『その貧乏くさいパーティーは何なんだよ』
「庶民派っぽいやろ?」
『コンビニも結構高いけどな』

なんてことのない会話。けれど、相手が悟だからこそ、一言一言がひどく愛おしく思えた。私は小さく微笑み、携帯の端末をぎゅっと握りしめる。

「……早く悟に会いたい。悟のこと考えると、胸がぎゅーってなる」
『……あー、もう……可愛いこと言うなよっ……』

一呼吸の静寂。やがて、いつもより一段低い、甘く深く響く声が耳元を揺らす。

『唯、好きだよ。もう少しで帰るから、待ってて』

その極上の言葉に胸を包み込まれながら、私の意識はゆるやかに深い眠りへと落ちていった。