帰り道
約3週間ぶりに、悟が高専へと帰ってきた。
久しぶりにまみえた彼の顔にはどこか深い疲労の色が滲み出ていて、心配になって視線を向けた私に、彼は「大丈夫だって」と短く囁き、愛おしそうに頭を撫でてくれた。
明日からは再び途切れることのない任務が控えているらしい。心身ともに疲弊しているであろう彼に無理をさせるわけにもいかず、その日の夜は軽く外食を済ませることにした。
「悟、任務詰められすぎやよね」
「ほんとに。俺もまだ高校生なんだから、遊ばせろっての」
呆れたように口を尖らせながら、運ばれてきたハンバーグを頬張る。平日の夜ということもあり、店内はまばらで閑散としていた。
「傑の誕生日会もまだできとらんし、いつ四人で集まれるかね……」
「傑も傑で忙しいからな。まあ、今の任務が片付いたらかな」
「なんか、みんな忙しいんに、私暇しとるみたいでめっちゃ申し訳ないわ……」
「唯くらいが普通で、俺らが異常なんだよ。唯だって前より任務増えただろ?」
「そやね、ちょっとは一人前に近づいたかな」
「……でも、絶対無理はするなよ。お前が帰ってこなかったら、俺も死ぬ」
冗談とも本気ともつかないトーンで呟く悟。けれど、その瞳の奥には隠しきれない真摯な情熱が宿っていて、私をどれほど大切に思ってくれているかがひしひしと伝わってきた。
「分かっとる。ちゃんと帰ってくるから」
「ならいいけど。それにしても、唯の任務ばっかり等級誤り発生するよな。今度やったらその補助監督と窓のやつ殺す」
「物騒なこと言わんといてや。ほら、早く食べよ」
苦笑しながら、熱々のミートドリアを口に運んだ。
高校生らしい束の間のファミレスデートを早めに切り上げ、私たちは高専の最寄り駅まで戻ってきた。ホームから降り立った瞬間、悟の手がごく自然に私の手を包み込む。指先から伝わる温もりが、胸の奥をじんと満たしていく。
「明日からの任務は手強そうな感じ?」
「いや、呪霊自体は恐らく強くない。けど、すぐに姿を消すのと、群れになって現れるから俺に依頼が来たってところ」
「それは悟が適任やね。場所は東北やっけ?」
「そう。クソド田舎らしくて、行くだけで一日潰れるんだよな」
「そっかぁ。じゃあまた暫く会えんね……」
高専の敷地へ戻ってしまえば、再び離れ離れの遠距離生活が始まる。電話越しに声を聴くことはできても、やっぱりこの目に姿を映し、温度を感じていたい。──このまま高専に着かなければいいのに。
静かな寂しさに押し潰されそうになり、俯いて歩いていたときだった。
「唯」
名前を呼ばれ、ふと顔を向ける。
次の瞬間、唇に触れた柔らかく温かな感触。視界いっぱいに広がる、悟の顔。 何が起きたのか、頭が真っ白になって理解が追いつかない。
「………」
「……帰ってきたら、どっか行こうな」
「……う、うん」
何事もなかったかのように前を向き、再び歩き出す悟。けれど、横から覗く彼の頬と耳たぶは、夕闇のなかで真っ赤に染まっていた。
──今、私、キスされたんだ。
遅れて押し寄せてきた実感が、顔を一気に熱くさせる。悟との、初めてのキス。ほんの一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなくなるほどだったけれど、確かに唇には温かな記憶が残っていた。
その後は恥ずかしさのあまり、互いに会話もぎこちなくなったまま高専へと戻り、逃げるように自分の部屋へと駆け込んだ。
ベッドに倒れ込んでもなお、唇に残った熱は一向に冷めてくれなかった。