クッキーとチョコ
2月14日。バレンタイン当日。 今年も去年と同じように、手作りのバレンタインプレゼントを用意していた。今回は渡す人数が多いため、一度にたくさん作れるクッキーを焼くことにした。プレーンにチョコチップ、ココアの3種類。そして何より、悟のためだけに用意した特別仕様の生チョコ。去年は初めての挑戦で少し不格好になってしまったけれど、今年は何度も事前練習を重ねたおかげで、自分でも納得のいく出来栄えになった。今夜は傑の誕生日パーティーで四人で集まる予定なので、その時に渡すつもりだ。
その前に、まずは日頃からお世話になっている人たちの元へ、硝子と一緒にお菓子を届けに行くことにした。
「灰原くん、七海くん」
「あ、先輩たち!お疲れ様です!」
「何か用ですか?」
一年生の教室を覗くと、二人が振り返る。まずは後輩二人へ声をかけた。
「はい、ハッピーバレンタイン!」
「バレンタインチョコですか!?やったー!ありがとうございます!」
「チョコじゃなくてクッキーやけどね」
「どっちでも嬉しいっす!」
「家入さんのは……」
「チョコ系のお菓子色々買ってきたから、掴み取りしていいよ」
「ありがとうございます」
「硝子、去年よりグレードアップしとるじ」
「これ、ちょっと前に五条と夏油に買いに行かせたお菓子だよ」
「……実質、悟と傑からのバレンタインプレゼントやん」
相変わらずの硝子らしい豪快な選択に思わず吹き出してしまう。それでも後輩たちは嬉しそうにお菓子を選んでいたので何よりだ。
二人と別れ、次に向かったのは職員室。
「夜蛾せんせー」
「お前たちか。どうかしたのか」
雑然とした室内で、相変わらず呪骸たちに囲まれながら書類仕事に追われる担任の夜蛾先生。
「これ、バレンタインのお菓子です」
「ほう、そういえば今日だったな。すまないな、ありがとう」
「私からもどうぞ」
硝子も夜蛾先生にはきちんとした市販のチョコレートを差し出していた。きっと、一ヶ月後のお返しをしっかり見越しての計算なのだろうけれど。
「この歳になっても、バレンタインというのは嬉しいものだな」
「ですよね!私が高専におるうちは毎年持ってきますね!」
「もちろん、3月14日もよろしくお願いしますね」 「現金なやつらだな。……まあ、覚悟しておこう」
軽く雑談を交わしてから職員室を後にし、私たちは次の目的地へと向かった。
「歌姫せんぱーい!」
「あっ、唯に硝子!待ってたわよ」
事務室の扉を開けると、書類の山を片付けていた歌姫先輩がパッと表情を明るくした。事前にバレンタインを渡したいと伝えていたため、時間を作って待っていてくれたのだ。
「お疲れ様です!今年も作ってきました!」
「どれどれ……あら、クッキーね!種類もいろいろあってすっごく美味しそう!」
「私からもどうぞ」
「硝子のは……何これ、日本酒のチョコ?見た目も可愛いわね」
「そうなんです。ちゃんとデパ地下で買ってきましたよ」
「わざわざありがとう!私からも二人へ」
そう言って手渡されたのは、有名ブランドの高級チョコレートだった。自分では滅多に買えない代物に、一気にテンションが上がる。
「ありがとうございます!大事にちょっとずつ食べますね!」
「そんなに日持ちしないから、勿体ぶらずに食べちゃいなさいよ」
「えー……滅多に食べられんチョコやからなぁ……。でも、分かりました」
「……それはそうと、唯。五条には何あげるの?」
不意に『五条』という名前が飛び出し、一瞬で先日の夜の帰り道が頭をよぎった。途端に顔へ熱が集まっていくのが分かる。それを見逃さなかった歌姫先輩と硝子が、ニヤニヤと悪巧みをするような顔で身を乗り出してきた。
「唯、何があったのか話しなさい」
「そうよ。私も聞いてないんだから」
二人に挟まれ、完全に逃げ場を失う。幸い、部屋には私たち以外誰もいない。猛烈な照れくささに耐えかねながら、ポツリポツリと先日の出来事を白状した。
「……この間、ご飯食べた帰りにですね」
「うん」
「……キス、しました」
「……ようやくね。もっと早いかと思ってたわ」
「同じく」
「えっそんだけ?」
真っ赤になって打ち明けた私とは対照的に、二人の反応はあまりにもあっさりとしたものだった。自分としてはとてつもない大事件であり進展だったのだが、二人の基準は違ったらしい。
「あの五条よ?もっとガツガツいきそうなのにねぇ」
「意外とウブなんでしょうよ、あいつ」
「唯的には、もっと進展したいとかないの?」
「えー……自分的には大きな進展やと思ったんですけど……」
「まあ、本人が満足してるなら私たちが口挟むことでもないわね」
「ですね」
二人だけで納得して話が完結してしまい、私はなんだか少し拍子抜けしてしまった。
(別に、そんなに焦って先に進むこともないし、今は一緒にいられれば十分なんやけどなぁ……)
そんなことを思いながら歌姫先輩の元を後にし、私たちは自分たちの教室へと戻ってきた。
「おかえり」
「あ、夏油に五条。帰ってきてたんだ」
教室のドアを開けると、任務から戻っていた悟と傑の姿があった。悟と会うのは先日の夜ご飯以来だ。一瞬視線が重なったものの、あの唇の感触が脳裏をよぎり、恥ずかしさのあまり咄嗟に目を逸らしてしまった。
「さっき帰ってきたところだよ。二人でバレンタインを配りに行っていたのかい?」
「そうだよ。はい、二人にもあげる」
「今年はチロルチョコじゃないよな?」
「今年はすごいよ。お菓子の掴み取りだからね」
「おおっ……ってこれ、この間俺と傑が買ってきたやつじゃねーか!」
「硝子にしては珍しく甘いお菓子を買ってこいと言ってきたと思ったら……そういうことか」
「いいじゃん、人から貰うことに意味があるんだから。はい、早く取って」
「へいへい」
硝子に催促されるまま、二人は大きな手をごそりと袋の中に突っ込み、容赦ない量のお菓子を掴み取った。 ボーッとその光景を眺めていると、不意に二人からの視線が私へと向けられる。
「あ、私のは……夜集まった時に渡すね」
「ありがとう、楽しみにしておくよ」
「じゃ、また夜にね」
そう言って一旦解散することになった。結局、最後まで悟とはまともに言葉を交わすことも、顔を直視することもできなかった。決して気まずいわけではないけれど、どうしても甘い照れくささが勝ってしまう。