放課後デート
夕方5時。夕暮れ色に染まる高専の前で、私はそわそわと悟を待っていた。
今日は私のお願いで実現した、念願の放課後制服デート。カップルになったら一度はやってみたかったシチュエーションで、バレンタインのお返しのリラックマのグッズを買ってもらうついでに、制服のまま街へ繰り出すことになったのだ。
いつもは結ばない髪を今日はポニーテールにし、大した荷物も入っていないのにマスコットを揺らしたスクールバッグを肩にかける。少しだけいつもと違う普通の高校生っぽい雰囲気を味わいたかった。
「お待たせ」
時間ぴったりに現れた悟は、いつものように高専の制服を格好よく着こなしていた。抜群のスタイルと整った顔立ちのせいで、何を着ていても様になるのが羨ましくもあり、誇らしくもある。
「今日、ポニーテールなんだな」
「あ、うん。いつも通りやと、ただ任務に行くだけみたいやから」
「たしかにな。んじゃ、行くか」
「うん!」
自然に差し出された悟の手を握り締め、私たちは電車に乗って東京の賑やかな街へと繰り出した。
まず向かったのは、事前に約束していたリラックマの限定グッズが置いてあるショッピングビルの雑貨屋さんだ。店内には同じように放課後を楽しんでいる制服姿の高校生がたくさんいたけれど、その中でも悟の存在感はズバ抜けていて、すれ違う人たちが次々と彼を振り返っていく。
(普通の高校におったら、きっと学年のアイドルレベルでモテモテなんやろうなぁ……)
「ん? どうした?」
「あ、ううん。なんでもない」
「ふーん?俺がカッコよすぎて見惚れてた?」
「……うん。見惚れとった」
「……あー、そっか」
自分からからかうように聞いておいて、私がストレートに認めると急に照れて顔を赤くする悟。普段は自信満々なのに、こうやって私といる時にたまに見せる余裕のなさそうな表情が、たまらなく愛おしい。
「あっ、あった!」
「それが言ってたやつ?」
「そう!リラックマがコリラックマの、コリラックマがリラックマの着ぐるみ着とるやつ!」
棚から手に取ったのは、最近発売されたばかりのぬいぐるみ二つ。お互いの着ぐるみを着たデザインがとにかく可愛らしい。けれど、両手に収まらないくらいのサイズ感で、ひとつあたりの値段も高校生のお小遣いとしてはそこそこ張る。
「うわー、どっちも可愛すぎる……。どっちにしよう……」
「両方買えばいいじゃん」
どちらを買ってもらおうか頭を抱えていると、悟は迷わず二つとも手に取ってレジへと歩き出した。
「えっ、それは悪いって!」
「どっちも欲しいんだろ? 別に気にすんなって」
「じゃあ、ひとつは自分で買う!」
「俺がふたつともプレゼントしたいんだよ。だから素直に貰っとけ」
そうまっすぐ言われてしまっては返す言葉もなく、私はおとなしく彼の会計を待った。購入後、二つのぬいぐるみが詰まった大きな袋を受け取る。
「ありがとう!」と心からの感謝を伝えると、悟は心底満足そうに目を細め、ぽんぽんと私の頭を撫でてくれた。
次に向かったのは、ゲームセンターだ。付き合い始めてから一度も二人でプリクラを撮ったことがなかったので、私は密かにこの時間を楽しみにしていた。適当に空いていた最新の機種に入り、コインを投入する。
「どんなポーズすんの?」
「うーん……とりあえずピース?」
「オッケー」
悟が黒のサングラスを外し、その眩しい素顔を露わにする。プリクラの補正機能がなくても完成されている彼の隣に並ぶのは、なんだか少し気恥ずかしい。そんなことを思いつつ、機械から流れる音声に従ってポーズを取ったり、後ろから悟にぎゅっと抱きしめられたりしながら順調に撮影が進んでいく。
そして、いよいよ最後の1枚。カウントダウンが3、2、1と刻まれたその瞬間──。
「唯」
「えっ?」
名前を呼ばれて反射的に横を向いた瞬間、柔らかい体温が唇に重なった。
──カシャリ。
軽やかなシャッター音が、狭いブース内に響き渡る。
「なっ……何して……っ!?」
「次、落書きコーナーに移動だってよ。行こうぜ」
本人は何事もなかったかのようにケロッとした顔でブースを出ていくが、残された私は顔から火が出るほど真っ赤になっていた。
(キスすること自体には少しずつ慣れてきたけれど、まさか……まさかチュープリを撮ることになるなんて!)
案の定、落書きコーナーの画面に映し出された自分たちのチュープリを見て、再び顔が熱くなる。綺麗な横顔で私にキスを落とす悟と、目を丸くして固まっている私の姿が鮮明に記録されていた。
「お、携帯に送れる写真選べるんだって。じゃあ俺、これにしよー」
なんとか落書きを終え、画像データを選ぶ段階で悟が迷わず選択したのは、やっぱり最後のチュープリだった。
「えっ!これにするん!?」
「自分たちがキスしてる写真なんて、自分じゃ撮れないじゃん。だからこれにする」
「……恥ずかしいってならんの……?」
「全然。普通のカップルってこんなもんじゃねーの?」
「分からんけど……私は待ち受けにしたいから、こっちにしよっかな……」
私は照れくささに負けて、二人で顔を寄せ合って笑っている控えめな一枚を選んだ。
無事にデータの送信と印刷を終え、ゲームセンター内の小さなテーブルでプリントされたシールをチョキチョキと半分こにする。
「俺、携帯の裏に貼っとこー」
「私はプリ帳に貼っとく」
「プリ帳?そんなのあんの?」
「そう。中学の時からプリ撮ったら貼っとるげん」
「へー、見せて」
「いいけど……めっちゃ芋っぽいよ?」
そう言いながら、鞄から小さなアルバムを取り出して渡した。悟は興味津々といった様子で、最初のページからパタパタとめくり始める。中学の頃はオシャレとは程遠かったので見せるのはかなり恥ずかしかったけれど、自分の過去を知ってほしいという気持ちもあり、素直に預けたのだ。
「なんか、あんまり顔変わんねーな」
「え、そうけ?それはそれで成長しとらんみたいで悲しいんやけど……」
「別に貶してんじゃなくて、昔からずっと可愛いってこと」
「えっ!?このダサい髪型の写真とか見ても!?」
「うん」
「……それは絶対に好きな人フィルターがかかっとるわ……。でも、ありがとう」
悟は嬉しそうに目を細めると、プリ帳を返してくれた。
「んじゃ、そろそろ飯行くか」
「そやねっ」
ゲームセンターを後にし、本日最後の目的地であるファミレスへとやってきた。
悟からは「もっとお洒落で高い店じゃなくていいのか?」と聞かれたけれど、放課後の制服デートだからこそ、こういう庶民的な場所で気取らずに過ごしたかったのだ。
平日の夜ということもあり店内は空いていて、案内されたボックス席に座ってドリンクバーを飲みながら、今日の楽しかった思い出を振り返る。
「今日は私のやりたいことに付き合ってくれてありがと!ほんとに大満足〜!」
「俺も楽しかった。これが高校生のデートなんだな」
「そうそう!あとは遊園地行ったり、水族館行ったり、映画見たり……!まだまだやりたいこといっぱいやわ!」
身を乗り出して夢を語る私を、悟は肘を突きながらフッと優しく見つめた。
「じゃあ、やりたいこと全部やろうな。時間は、まだまだいくらでもあんだから」
青い瞳を細めて、これからの未来をさらりと約束してくれる悟。
甘くて、温かくて、忘れられない放課後デートの夜がゆっくりと更けていった。