好きなところ


「つっかれた……」
「お疲れ。今日も頑張ったな」

夜。お風呂を済ませた私は、悟の部屋でお酒を傾けながら雑談に興じていた。 私も悟も、明日は朝早くからそれぞれの任務が入っている。そういう日の前夜は普段なら会わないことにしているのだが、今日の私は任務で心身ともにクタクタだった。しかも、一緒に行った年上の術師から「悟と付き合っていること」を良く思われておらず、事あるごとにチクチクと不躾な嫌味を言われ続けていたのだ。 「やっとれんわ!」と限界を迎えた私は、硝子に以前貰った缶チューハイを持って、半ばヤケクソで悟の部屋へと押しかけたのだった。

「お前が自発的に飲むなんて珍しいな。そんなに疲れたのか?」
「疲れた……ごめんね、明日も早いんに押しかけて」
「別にいいよ。俺、睡眠時間短くても全然平気だし」
「ありがとうー。本当に出来た彼氏や……」

アルコールが回っているせいか、いつも以上に口が軽く滑らかになる。明日も早い悟に申し訳ない気持ちはあったものの、それ以上に今日のストレスが限界を突破していた。 嫌味だって、自分個人に向けられている分にはまだ耐えられた。けれど挙句の果てに、「こんな大したことない女性を選ぶあたり、五条くんも大したレベルじゃないね」なんて抜かしたのだ。それが、どうしても許せなかった。 悟は容姿端麗で、最強で、五条家の当主。遠巻きに見ている女性術師からの人気は絶大だ。(性格を知っている身内からの評価は、真逆だけど) そんな上っ面しか見ていない奴らに、私の大切な悟のことをとやかく言われたくなかった。
私は2本目の缶チューハイのプルタブを弾くと、グビグビと勢いよく喉へと流し込んだ。

「そんなペースで飲んで大丈夫か?」
「大丈夫〜。ベロベロにはならんから〜」
「ならいいけど」
「それよりさ!恋バナしよ、恋バナ!」
「急だな。しかも俺たちで恋バナって何の話すんだよ」
「うーん……お互いの好きなところ!」

少しだけ気分が良くなってきて、普段なら恥ずかしくて口にできないような提案をする。悟は一瞬だけ照れくさそうに顔を背けたけれど、呆れつつも付き合ってくれることになった。

「まずはー……相手の気持ちを、尊重してくれるところかな。口では意地悪なこと言っとっても、何だかんだ気遣ってくれたり、面倒見てくれたりして。そういう所が好きやなって思ったきっかけやった」
「……改めて言われると、なんか恥ずいな」
「ふふ。まだあるからねー。次は、気持ちを素直に伝えてくれるところ。手を握ってくれたり、ハグしてくれたりするのも嬉しい。あとは……たまに見せてくれる余裕ない表情とか、照れた顔が好き。私だけが見れるんやなと思ったら、ちょっと優越感」

そう言って、ぽてんと隣に座る悟の肩にもたれかかった。大きくて、温かくて、とても頼もしい身体。同期としては肩を並べて成長していきたいけれど、今夜は恋人として、存分に彼に甘えたかった。

「顔とか身長とかはねーの?」
「無いわけじゃないよ、カッコいいって思っとるし。でもそれは好きなところっていうより、好きな人の見た目がカッコいいって感じのが近いかな。それよりかは、内面の方が素敵なところいっぱいあるし」
「……っ、そっか」

悟がバッと反対側を向く。耳たぶがほんのり赤くなっているのが見えて、心の中で小さく笑った。

「じゃあ次、悟の番」
「俺か?俺は……」

悟は少しだけ間を置いたあと、私の方へと体を傾け、私の左手を自分の大きな手でぎゅっと握りしめながら言った。

「五条悟として見てないところ」
「……どういうこと?」

五条悟として見ていない? 私はずっと、彼のことを悟として見ているつもりだったのだが──。言葉の意図が掴めず、思わず問い返す。

「五条悟って言ったら、最強の呪術師だろ?」
「……うん、まあ」
「だからさ、みんな無意識に俺を他とは違うように見てんだよ。家のやつらも、高専のやつらも。……でもお前は、俺が呪霊に襲われた時、自分の身を投げ打って俺を守ろうとしてくれた。前も言ったけど、初めてだったんだよ。無条件で俺を守ろうとするやつなんて。……だから、すげぇ嬉しかったし、それからずっと気になってた」

そう語る彼の横顔はどこか寂しげで、いつもの最強の仮面を剥がした、等身大の男の子に見えた。 昔から圧倒的な特別として扱われ、何でも一人で出来てしまうがゆえに、周りとは違うのだと絶望的な壁を感じ続けてきたのだろう。ずっと、暗闇の中で一人きりだったのだ。 そんな彼の孤独にほんの少しでも寄り添えたのだとしたら──このお腹に残る傷跡と引き換えにしても、あまりに大きくて、愛おしい救いだった。

「……そっか。悟にそう思ってもらえたなら、弱いなりに無茶して良かった」
「今やったら本気でキレるけどな」
「分かっとるよ、もう無茶はせんから。……それにしても、結構前から気になってくれてたんやね」
「……そーだよ。なんだよその顔は」
「嬉しくてニヤけとるげん」

へへーっと小さく笑ってみせると、次の瞬間、悟にぐっと顎を掴まれ、そのまま深く塞がれた。 濃厚で、熱を孕んだ深いキス。不意打ちの衝動に、心拍数が一気に跳ね上がる。

「……ムカついたから仕返し」

離れ際に意地悪く笑う顔もやっぱり憎めなくて、私は残りのお酒を飲み干すと、そのまま彼の胸へとぎゅっと抱きついた。

「……悟、大好き。ずっと一緒におろうね」
「……俺もだよ」

アルコールと彼の体温でフワフワとした頭のまま、大好きな人にぴったりとくっついていると、次第に強烈な眠気が襲ってきた。重くなる瞼に抗えず、私の意識はゆっくりと闇へと落ちていった。

……そこからの記憶は一切ない。
パチッと目が覚めた時、私は悟のベッドの上で毛布に包まれていた。ふと床に視線を落とすと、そこには絨毯の上で小さくなって眠る悟の姿があった。 自分がベッドを奪ってしまった申し訳なさと、寝てしまった私を抱えてベッドへ移してくれたのであろう彼の優しさが、胸の奥をじんと温かく満たしていく。

「ありがと、悟……」

私はそっとベッドを抜け出すと、悟に自分の毛布を優しくかけてあげた。そして、散らかった缶のゴミを片付け、静かに彼の部屋をあとにした。

(……俺の気も知らずに無防備に寝やがって。蛇の生殺しだろ、こんなの)
そんな葛藤を、昨夜の悟が一人で繰り広げていたなんて、私が知る由もなかった。