二人での任務
いよいよ今日が来た。五条くんと2人での任務。
五条くんと傑と3人で行った初任務から、もう2ヶ月が経っていた。あの苦い経験の後、傑に励まされて一緒にランニングや筋トレを始め、五条くんにアドバイスをもらいながら呪力と術式の訓練を続けてきた。
自分で言うのもなんだが、あの頃の私とはかなり変わったと思う。体術も、若干なら捌けるようになった。術式は、苦手だった細やかなコントロールもある程度効くようになった。これも2人の先生が根気強く、見捨てずに教えてくれたおかげだ。
(今日こそは……絶対に五条くんの役に立ってみせる)
ぎゅっと拳を握りしめる。
「何してんだよ、いくぞ」
「あっ、うん!」
車を降りた五条くんの背中を、慌てて追いかけた。
今回の任務は、旧トンネルの呪霊討伐。
何人もの死亡事故が発生し、何年も前に通行止めとなった廃トンネルだ。撤去工事に入った工事業者が相次いで失踪したため、呪術師へ依頼が回ってきたのだという。
推定される呪霊の等級は2級。私1人なら絶対に太刀打ちできないが、今回は1級である五条くんの見学兼サポートという名目で同行させてもらっていた。
でも、私は練習して力をつけてきた。ただ守られるだけの足手まといにはならない。私にできることをやるんだ。
「……にしてもこのトンネル、長すぎん?」
「2キロはありそうだな」
「五条くん、置いて行かんといてね……」
「じゃあ俺、先行こーっと」
「ちょっ、待って!」
意地悪く笑うと、五条くんはひらりと身を翻して走り出した。ひやりと湿った暗闇の中を1人で歩くなんて怖すぎる。私は半泣きで彼を追いかけた。
その時――。
「ストップ」
少し前を走っていた五条くんがピタリと足を止め、手を広げて私の進路を制した。
一瞬で空気がピリリと張り詰める。湿った闇の奥から、ずるりと気味の悪い蠢動音が響いた。懐中電灯の光を前方に走らせると、いた。
——大きい。
これまで対峙してきた低級呪霊とは比べものにならない、おぞましい異形。背筋を冷たい汗が伝う。1人なら間違いなく足がすくんでいただろう。けれど、隣には彼がいる。
呼吸を整え、意を決して口を開いた。
「五条くん、私があいつを足止めする。その隙に近づいて、あいつを倒して」
「……任せた」
“任せた”
たったその一言が、胸の奥をじんわりと温かく満たしていく。私は少しだけ微笑むと、一歩前へ踏み出した。
呪霊の構造を凝視する。足がある。ならば、狙うのはあの2本の太い脚だ。
「……箱詰め」
低く紡いだ言葉とともに、イメージを形にする。狙い通り、呪霊の足元を正方形の結界が隙間なく覆った。間髪入れずに、私は前に差し出した手を強く握り潰す。
ギチチッ、と空間が軋む音とともに結界が激しく収縮し、両脚を叩き潰された呪霊が体勢を崩して崩れ落ちた。
「ッよし!」
私の合わせたタイミングを、五条くんが逃すはずもない。地面を蹴った彼は一瞬で距離を詰め、倒れ込んだ呪霊へ容赦のない重打を叩き込んだ。
「グエッ……!」
「まだまだ」
立て続けに拳を叩き込む五条くん。彼の体術を間近で見るのは初めてだったが、呪力の込めた打撃だけでここまでの威力があるとは思わなかった。
その圧倒的な強さに息を呑んでいると、彼がトドメの術式を発動する。
「術式順転 蒼」
五条くんの手元から放たれたのは、空間を歪めるブラックホールのような球体。呪霊はその強力な引力に強引に吸い込まれ、短い悲鳴を残して跡形もなく潰れ去った。
あっという間の出来事だった。こんなに早く片付いてしまうなんて。
底知れない強さに圧倒されると同時に、私のアシストなんて本当は必要なかったのではないかという、少し情けない気持ちが芽生える。
振り返り、こちらへ歩いてくる五条くん。なんて声をかけようか迷っていると、彼があっけらかんと言い放った。
「ナイスアシスト」
——あ。
初めて、認められた気がした。ずっと周りについていけず、宙ぶらりんだった自分が、ほんの少しでも彼の役に立てた。
胸の奥から嬉しさが一気に溢れ出そうとした、まさにその時だった。
五条くんの背後、闇の奥から何かが猛スピードで放たれるのが見えた。五条くんもほぼ同時に気付き、振り返ろうとする。
考えるより先に、体が動いていた。
「五条くん——!」
弾かれたように飛び出し、五条くんの身体を全力で押しのける。
直後、ビームのように放たれた高密度の呪力の奔流が、私の腹部を容赦なく貫通した。
「……っ、ぐうっ……!」
「おいッ!?」
衝撃で崩れ落ちる私の身体を、五条くんが抱きとめる。
ドクドクと、お腹の中心で血液が脈打っているのがわかる。焼きつくように熱い。視線を落とすと、服がドス黒い赤に染まっていた。
(あ……これ、死ぬかもしれない……)
呼吸は荒く乱れているのに、頭の中だけが恐ろしいほど冷静だった。
「おい! 何してんだよ!?」
「ご、めん……勝手な、こと、して……」
「俺には術式あんだから! 当たらねえに決まってんだろ!」
「ほ、んと……やね……」
そうだった。彼の周りには無下限がある。私が出ばらなくても、攻撃なんて届くはずがなかったのだ。なんて無駄なことをしてしまったんだろう。
「もう残りの呪霊は祓ったから……っ、死ぬな唯!」
声が揺れている。あの五条くんが、見たこともない顔で焦っていた。
(今、初めて名前呼んでくれた……)
そんな呑気な思考を最後に、私の意識は深い暗闇の中へと落ちていった。