創作めも
アザミ 萌黄 牡丹 芍薬 つつじ
山野アケビ 伊藤セイ ミヤコ
バロン
桜庭千樹
霧峰カサギ
誘蛾灯のような体質。生きてるだけで誰かを侵す「毒」の持ち主。
霧峰ホノカ
カサギの妻。現在大学四年生。
「恋であったら、どれだけよかったか……」
自嘲混じりの声で、女は呟いた。
私の想いは、カタチを得る前にあの人が根刮ぎ持っていってしまった。恋になりきれなかった私の未熟な感情は、今も心の中で燻り続けている。
空しさと、悲しみと、声に出せなかったあの日の慕情を煮詰めた、愚かで無知な幼い自分が、仄暗いあのホテルの部屋から私を見つめている。
父が人間ではないと教えられたのは、小学校に入学して間もない頃だった。父は人間離れした見た目をしていたので、幼心に「やっぱり」と思ったのを覚えている。
「パパは天仙だったんだよ。でもママと結婚するために、人間になったんだ」
「なんでままと結婚したの?」
「ママと一緒に居たいと思ったからさ」
「この子はぼくによく似たけれど、娘は母親に似たからね。……でも、眼鏡を取ったらぼくによく似てるでしょう?」
嬉しそうに語る父には悪いが、どこが似てるのか、という気持ちである。
双子であるのが関係しているのかは不明だが、私と半身はどうも共鳴がしやすかった。
幼い頃から片方の不調に引きずられやすかったし、視界や思考を共有することがままあった。これが世間的に「おかしなこと」だと理解していたので、私は眼鏡を使って視界を遮り、わざと色々見えすぎていたそれらが見辛くなる方法を編み出した。
弟は不満げだったけれど、それはあの人間離れした、かくりよの者のような雰囲気で生きることを許されているからできることである。良くも悪くも人間寄りの私は、人の世で生きていく術を求めることしか許されていないのだ。
「やっぱ双子だな、似てるわ」
「でしょう!」「えっ、どこが?」
嬉しそうに頷く弟に、心底困惑する姉
姉の眼鏡を外した素顔は、色素の薄すぎる弟よりインパクトは薄いものの、よくよくみればなるほどやはり双子だと実感させられる。
人形のように長い睫毛が生える眼孔の中に飴色の瞳がきらきらと輝いて、まるで西洋人形を見ているようだった。顔立ちそのものは東洋系(アジア)特有のものだが、弟と並べば、二人が血の繋がったきょうだいなのは明白だ。
「知らねぇ? ちびの頃、男に女の格好させて厄を祓う、みたいなやつ」
「あぁ……なんか、聞いたことあるかも」
「まぁ、それの延長線上だとでも思ってくれればいい。あいつの家は昔からそういうものからの影響が強かったから、十二になるまで性別とは反対の姿ですごさにゃならんのよ」
「なるほど……」
五年前の私に告ぐ。
彼にけして、手を貸してはいけない、心を許してはならない――
宗像三兄弟
宗像
長男 紳士系童貞
次男 無邪気童貞
宗像
三男 冷静童貞
ミーシャ 心咲(みさ)
施設出身。引き取られた後、行方不明になる
速見 弦羽(つるは)
主人公。愛称はちるちゃん
ある日届いた「未来の自分」からの手記に翻弄されることになる。不運。
産上 かぐら(うぶかみ)
謎の転校生。
良心に訴えかけるような純真さと猟奇的な部分が共存している謎の美少年。
「はじめまして。産上かぐら、といいます」
柔和な笑みを浮かべる顔立ちは陶器の人形のように整っていて、けれどその仕草は何処にでも居る子供のもので。制服である黒の学生服を首元までかっちりと閉めて着ている姿が、どこか生真面目そうにも見える。
「どうぞよろしくお願いします」
ある日音もなく現れたその少年の名を、産上かぐらといった。
「ちるちゃん、っていうの? かわいい名前だね」
「……それはあだ名だよ」
「へぇ、そうなの? ちるはちゃん、かわいい名前だと思ったんだけど。……じゃあ、お名前はなんて読むのかな?」
やけにぐいぐい来る。近づかれた分離れるように少し仰け反り、目を逸らす。
「……つるは、って読むんだよ」
「そうなんだ。ふふ、かわいいね。つるはちゃん、うん、とてもかわいいねぇ」
「そ、そう……」
弦に羽のどこがかわいいのか――名前にあまり好意的ではない私としては微妙な顔になってしまう。
所謂キラキラネームという訳ではないけれど、両親がこの名前にした意図が未だにわからないのもあって、名前を褒められるというのは反応に困る。
にこにこと絵に描いたような笑顔を浮かべながらマイペースに話す姿は大変綺麗だと思うが、居心地が悪いったらない。
なんせ、彼の一挙手一投足に視線が集まるので、自然と隣に座る私にも視線が向けられてしまうのだ。羞恥心が爆発して、今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいになる。
「産上くんは」
「かぐら」
「……うん?」
「かぐらって呼んで。ちるちゃんには名前で呼ばれたいな」
笑顔に圧がある。ごくりと、教室内に謎の緊張感が走った。視線が針のように集まる。友人も何故か見守る側に居て、これでは助けを求めるのは難しいだろう。息をするのが苦しくなる。
「か、かぐら、くん……」
「」
「かぐらくん、」
「――やあ、こんばんは。素敵な夜だね、ちるちゃん」
「……ッ」
体が動かない。逃げたいのに、足が地面に縫い付けられたように動かない。一歩、また一歩とかぐらくんが近づいてくる度に、自分の体温が下がっていくのがわかる。
こわい、こわい、こわい――私、この人が怖い。
「ねえ、ちるちゃん」
「――っ」
ガチガチと歯が鳴り、声もうまく出すこともできない。言葉にもならないものを絞り出すので精一杯だというのに、当の本人はきょとんとした表情をしているのだから余計に恐ろしい。情けなくて仕方ない。でもこんなもの、避けようがないじゃないか。善性という皮を被っていても、彼のなかには、こんな加虐的な性質が眠っているのだから。
「ひ……うぅ……」
「可愛そうに、こんなに怯えて……大丈夫だよ、僕が側に居るから、ね? どうか安心して、ほら、ゆっくり深呼吸しよう?」
「っ、っあ、あ……」
――あなたが居るから安心できないんだよ、なんて言えるわけもなく。私の口からは情けない呼吸音が繰り返されるだけ。
友人、百川聖一郎の葬儀に参列した翌日から、私は夜な夜な彼との過去を思い出すようになった。
そして暴かれる隠した過去と約束、終わりに気づいたとき、私は彼と再会を果たした
鬼鳴(ここ)に嫁いだ時点で、覚悟は決めてます。
貴方と添い遂げるために、全部捨てたんですよ? 少しくらい、妻を信じてくださいな。
信じてるよ……いつだって。
――
「やば、霧峰かっこいー!」
「半端無いわ……」
「これで一児のパパとか信じらんない……奥さんと子供いいなぁ〜羨ましい〜」
「それ〜!」
姦しく話ながら歩いている少女達。耳に届くその会話は、青年達に形容しがたい気持ちを与えた。
「……なぁ」
「うん?」
「ああいうの見てるとどこが? って首傾げたくなる」
「ああー、霧峰カサギ……」
「あの男、うちの一族きっての倫理観破綻野郎じゃん」
「俳優してるなんてな、マネージャーすげーなって思う」
「ほんと顔だけだぞあの男……なんで?」
「まあ、起こした問題はバレたら社会復帰不可能レベルだよね」
「奥さんと子供のことだってそうだよ……知らないって、幸せだよな……」
「無知は罪っていうけど、あの人のファンで居たいなら無知なままのが良いだろうなぁ」
「全うな倫理観持ってたらついてけないだろあいつの世界には」
「それね」
――その人は、まるで絵本か少女漫画から飛び出してきたかのような、不思議な人でした。
眼鏡の中に収まりきらない宝石のような瞳と、思わず溜め息が出そうになる美しい顔立ち。そこに立っているだけで絵になってしまうような人が本当に存在するのだと、私はひどく驚いた。
「お嬢さん」
どきん、と胸が高鳴った。件の美丈夫が顔を近づけて、まるで内緒話でもするかのように私に声をかけたのだ。田舎の電車は空いていて、現に私が乗っているこの電車も、ボックス席を独り占めしても問題ない乗客数である。
「は、はい……?」
「何を読んでいるのかな?」
「え、えっと、図書館で借りたもので……最近、映画化したやつ、ですよ」
「読書家なんだね」
僕も読書は好きだよ。そう言って微笑んだ彼の顔は、今も忘れられない。
「ち、ちがう……やめて……」
「大丈夫、力を抜いて。さあ、僕に身を委ねて……怖いことなんて、全部忘れてしまえるから――」
声にならない声が出て、目の前の彼は悠然と微笑みを浮かべたまま、私に大丈夫だよと繰り返す。
やめて、違う、そうじゃなくて、私は、わたしは、
「愛してるよ。例え君が、僕から逃げようとしても……死が僕らを割こうとしても、永遠に一緒だ」
まだあなたに、すき、って、いえてないのに、
声にならない声で悲鳴をあげる。
ぼやけた視界のなか、彼が泣いてるような気がして――私の意識は暗闇へ飲み込まれた。
――ぶち、ぶち、ぶち、ぶち。切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って、切って――それに満足できなくなったので、今度は人を解体してみたいと思うようになりました。
比翼の儀式
長命種が短命種と婚姻した際、唯一の番として互いの命を同調させる儀式。一度すれば二度と解けることはなく、寿命は長命な方の要素を引き継ぐ。
「比翼の契りとは、文字通りお互いが唯一の相手となる誓いを立てる儀式になります。その契りを交わすことで、例えば我々「龍貴人」と「人間」の場合、人間側に主な恩恵が与えられることになります」
「恩恵……?」
「寿命の長命化、肉体の老化現象の暫定的無効化……簡単にいうと、半不老状態になると思ってください。後は我らと同じように治癒力が上がること、魔力との親和性も今より大幅に増大するでしょうね」
「メリット多すぎて怖いんですけど……デメリットは?」
「強いて言うなら……儀式の長さ、ですかね。異種族間のものなので、私達の魔力を人に馴染ませなければならないですから……」
「どうやって馴染ませるんです?」
「粘膜同士の接触が基本なので……夫婦間の粘膜接触ですから、生殖行為が主なやり方です」
「せ、せいしょく、こうい……」
……やるべきことをやれてもいないのに、結婚なんて軽々しく約束してあげられないでしょ、言葉には責任が伴うんだから
ミヤコ……
じゃあじゃあ、エルさんのことは嫌いとかではないの?
――聡明で自分のことを深く愛してくれる、そんな好青年を嫌う女なんてそういないでしょ
そもそも、なんで私達の世界に魔力が無いって思ったのか
これは魔素に反応して発動する魔術、つまり私達の世界にも魔素に近い何かしらの――神秘の力が大なり小なり存在していると思っていいと思う。
この世界から見たら、私達の世界の、例えばライターとかコンロとか、テレビ……スマホなんて未知の魔法具と思われたっておかしくないでしょ
つまり、文明がどう発展したか――「科学」という枠組みが発展し続けたのが元の世界、「魔法」という枠組みが発展し続けたのがこの世界だと私は思ってる。遠いようで、きっとこの世界は薄皮一枚ほどの違いしかなかったんだよ。
式部くんなら、きっとわかってくれるよ。だって彼は――
「――聡明で私とも話の合う、イカした名字の子だからね」
「……」
「ミヤコの言い分がそれだった。これも元々、俺に託したのは俺ならちゃんと届けると信じてくれたからだろうしな……男が約束を破るわけにはいかねぇだろう?」
「それで、俺に?」
「おう。捨てるも燃やすも好きにしろ……と、言いたいとこだが、要らねぇなら返してくれ。俺ら帰還組にとって重要なことが書かれてそうなニオイがすっから」
あいつはそういうのさらっとしてんだよ、と呟く篠木に、式部は確かにと頷く。会話したことは数えるほどしか無いが、ミヤコという少女はそういう、時折拍子抜けしてしまうほどあっさりしたところがあった。
一人目のイヴは、ある日突然姿を消した。厳密に言えば、自我を閉ざし、深い眠りに就くことを選んだ。
イヴは優秀な子供だった。聡明で、それでいて子供らしい無邪気な一面を持ち、兄達に負けん気を見せることもある可愛い子供だった。
そんなイヴが消えた――側に居た精霊曰く、精神の自殺である――と伝えられた時、家族は言い切れぬ悲しみと絶望感に包まれた。愛する末子が自ら死を選んだことに、家族である自分達が何も気付けなかったことに、深く絶望したのだ。
だから、彼女が――二人目の「イヴ」が目覚めたとき、家族は固く心に誓った。もう二度と、愛する我が子が自死を選ぶような未来は掴ませないと。愛する妹が、悲しむことのないように――と。
自分を通して家族が「イヴ」を見てるということには気づいていた。だけど愛する家族を失った悲しみを思えば、それを指摘することもできず今日に至る訳だが。
「わたしがとても不愉快だわ」
そう顔を顰めながら苦言を呈する彼女に、私は曖昧に笑って返すことしかできない。
「イヴ、わたしのイヴ。あなたはわたしの未来なの。かつてのわたしが見つけた、わたしの未来への希望なのよ」
それを、あの人達ったら! ぷんぷんと怒る姿は可愛い。今の自分の容姿が第三者から見るとどう見えるのか、ようやく理解することができた。
「しかたないよ。私は君ではないのだもの」
「わたしとあなたは二人で一人。いいえ、元々私達はひとつなの。普段眠っているわたしの側面を引っ張り出しただけ。だからわたしは死んではいない。ただ眠っているだけなのに」
「私だって未だに良くわからないんだ、皆がわからなくたっておかしくはないさ」
「わたしの家族が、こんなに頭が悪いなんて思いもしなかったわ」
「厳しいなぁ、きみは」
彼女は揺れる眼差しで、私を見つめる。私も彼女を見つめる。不思議な気持ちだ、自分と自分で顔を合わせるなんて。
「――イヴ」
「なあに、イヴ」
「わたし達、きっと大丈夫よ」
「そうだねイヴ。私達は二人で一人だもの」
「がんばれイヴ、わたしの知恵なら、いくらでも与えましょう」
「がんばるよ、イヴ。君が視た、最悪の未来を招かないように」