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チェ
今さらですが今週のです。感想でもなんでもないですけどアキくんとの小話です。







 車のドアを開けると、潮の匂いが鼻につく。まだ秋も始まったばかりだというのに、海岸を吹く風はどこか冷たい。私は小さく身震いをして、車を出て行くアキくんを見上げる。

「ホントにここでいいの?」

 こんなところにマキマさんがいるなんて、いったいどんな用事があるのだろう。面白いものなんて何もなさそうだけど。なんて、失礼なことを考える私に、アキくんは「ああ」と頷く。

「先に帰っててください。どうなるかはわからないんで」

 優しいアキくんは「タクシー代わりにしてすみません」と申し訳なさそうに眉を下げる。私が言い出したことだから気にすることないのに。アキくんは優しくて、いい人だ。いい人だから、心配になってしまう。

「いいんだよ、アッシーでもメッシーでもネッシーでも」

「ネッシー?」

「それ、死語」

 真面目に聞き返すアキくんと、対照的に天使くんは呆れ顔。
 「年齢バレるよ」……失礼な。私たちにその手の尺度は関係ないのに、まったくもう。

「とにかく、気をつけてね」

「気をつけるべきはあんたの方でしょ。仕事、入ってるって聞きましたよ」

「まぁそうなんだけどね」

 アキくんはマキマさんに会いに来ただけだ。ただそれだけ。対して私はといえば急な任務を言い渡されたばかり。すぐに車を飛ばして現場に向かわなければならない。
 別に、私でなくても済む話だ。だというのにそんな任務を命じる上司を、少しだけ恨む。
 私はアキくんを見る。晴れ渡る空。澄んだ双眸は神秘の色。靡く黒髪が光を弾いて、『きれいだ』と私は思う。絵画でも写真でもない、そんなものでは言い表せない美しさ。薄日に縁取られ、黒のスーツも純白の装束かのように思われた。

「帰ってきたらさ、美味しいご飯でも奢ってよ。天使くんも連れてさ」

「仕方ないですね」

 やれやれと溜め息を吐くアキくんの向こう、天使くんに親指を立てる。両腕のない彼は「ちゃんと食べさせてくれるならいいよ」と興味なさげに言う。でもその口角がちょっぴりだけ持ち上がったのを私は見逃さなかった。
 私は「約束だからね」と念を押して、二人が歩き出すのを見送る。なんとなく、離れがたかった。その理由まではよくわからない。本当に、なんとなくとしか言いようがなかった。

「あの、」

 数メートル先、アキくんが立ち止まる。立ち止まって、半分ほど体を捻って、私を見る。アキくんの目はどうしてこんなに透き通って見えるのだろう。きれいで、あまりにも純粋すぎて、それが今は少し怖い。

「どうしたの?」

「……いえ、なんでもないです」

 変なアキくん。言いかけて止めるなんて、いったいどうしたのだろう。遠慮されると、逆に追いたくなるのが生物のサガ。

「……そう」

 私は訊ねかけ、でも結局アキくんと同じに口を噤む。
 これも全部らしくないアキくんのせいだ。アキくんがあんまりにも穏やかに笑うから、そんなささやかな微笑が私の言語機能を奪っていったのだ。私はこの心地のいい静けさを愛おしいと思った。
 それはまったく神への愛とは異なり、ひどく不確かで頼りない代物であったけれど、確かにこの瞬間、私は愛するということを学んでいたのだ。

「……約束、だからね」

 二人がまた歩き出す。天使くんが何か言って、アキくんが懐を探っている。私は、そんな二人とは反対の方向に車を発進させる。
 私は車窓を見た。手の届かない青空を。行き止まりの海を。そして窓に映る自分の、泣きそうな顔を。認めて、私は不可解さに首を捻る。

 ──なにも、不安に思うことなんてないのに。

 なのにどうしてこんなに落ち着かないのだろう。どうしてこんなに、

「……アキくん、」

 知らず零れたその名前は、情けないくらいに揺れていた。

カテゴリ:ネタ
2020/07/03 21:37


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