デンジくんルート
下の記事で呟いていた通り、デンジくんルートについて考えてみました。有言実行です。
追記より件のデンジくんルートの小話です。銃の悪魔編が終わった直後から。当然のごとく本誌のネタバレしかないです。
主人公一人称視点、名前変換デフォ名なし。
──アキくんが死んだ。
死んだのだ。早川アキという人間は、もういない。そんな当たり前の現実を、日常の最中に突きつけられる。悪魔を討伐した時、煙草の匂いを嗅いだ時、コーヒーを淹れた時。そんな何でもない日々の中、ふとよみがえる胸の痛み。
アキくんは死んだ。彼はもういない。共に戦うことも、嫌な匂いだと眉を寄せることも、コーヒーを淹れてもらうことも、もうできない。あの日常は永遠に喪われたのだ。そう実感するたび、心が磨り減るのを感じる。私の一部分が零れ落ちていく。そんな気がした。
けれど嫌だとは思わなかった。悲しかったけれど、辛いとは思わなかった。むしろその痛みが愛おしかった。早川アキという人間が私にとって特別な存在だったのだと再認識できるからだ。
私は人という種を愛しているけれど、それは与えられた役割ゆえだ。だから例え亡くなっても、それが見知らぬ他人であったなら悲しく思うだけ。安らかな眠りを祈るだけで終わった。
──でも、アキくんは違った。彼の死は、他にはない衝撃を与えてくれた。その感情は信仰の悪魔という役割のためだけではない。私自身が、彼の死を悼んだのだ。
この事実は私に深い安堵を齎した。と同時に、強い使命感も抱いた。『人間を愛する』という本能とはまた別の、強い願い。
「デンジくん!パワーちゃん!いつまで寝てるつもりなの!遅刻しちゃうよ!!」
──彼が守りたいと思ったものを、私も守りたい。
私が布団をひっぺがすと、デンジくんは目を擦り擦り起き出す。そして「くぁ〜」と大きな欠伸。いったい何時まで夜更かししていたんだか。呆れると、デンジくんは指を四つ立てる。
……ということは、つまり。
「四時まで起きてたの?またゲーム?」
「いやぁ〜ポケモンって奥が深いんすねぇ〜」
「こら」
私は寝癖でボサボサのデンジくんの頭を小突く。「夜更かしはダメって言ったでしょ」デンジくんはまだ子供だ。人間には成長期というものがある。それには睡眠が大切だ、とテレビで言っていた。だから早寝早起きを心がけてほしいのに。
なのにデンジくんはにへらと笑う。「すんません」口ではそう謝っても、きっと今晩もなかなか寝つけないんだろう。こればっかりは仕方ない。原因が原因だから、私も強くは言えなかった。
「以後気をつけるように」と堅苦しい先生の真似だけして、私はデンジくんを居間へ向かわせる。今度は睡眠障害についての本を探してみよう。私なんかに何ができるとも思えないが、こんなデンジくんをそのままにしておくことはできない。
「デンジお兄ちゃんはちゃんと起きたよ。ほら、パワ子ちゃんは?」
私はもうひとりのターゲット、パワーちゃんに照準を合わせる。素直なデンジくんとは打って変わって、彼女は未だ夢の中。掛け布団を抱き込んで、涎を垂らしている。顔だけは美人なのに、勿体ない。
私は溜め息を吐いて、パワーちゃんの肩を揺さぶる。
「パワーちゃん、パワーちゃん、」
「ん〜?」
「ほら起きて、今日はお仕事の日だよ」
「ワシは休みじゃ……」
「そんなのいつ決まったの」
「いま……」
まったく、手のかかる娘だ。
デンジくんと一緒になってゲームをしていたのだろうが、それとこれとは話が別。仕事は仕事。遅刻なんて言語道断。私は膝をつき、パワーちゃんの耳許に唇を寄せた。
「今朝はパンケーキだよ。ほら、いい匂いがしてくるでしょう?」
「ん?んん〜……」
「でもデンジくんの方が先に起きたからね。パワーちゃんが起きる頃にはもうなくなっちゃってるかも」
そう囁くと、パワーちゃんの目がカッと見開かれる。
「全部ワシのじゃッ!!」
これまでの姿が嘘のよう。パワーちゃんは飛び起きると、ドタドタ廊下を鳴らしながら駆けていく。
そしてそのすぐ後に響き渡る喧騒。「ワシのを盗るな盗人!」「はぁ!?」がやがやドタバタ。飛び交う言葉は幼い兄妹のそれに近い。
私は額を押さえる。アキくんは、偉大だ。気の長い方ではなかったから、随分と耐えていたのだろう。日々の仕事に加え、家事、そして育児まで。よくやったよ、と空を仰ぐ。キミの分も、私が頑張るからね。
──銃の魔人によって家を破壊されたデンジくんとパワーちゃんは、住処を失った。
正真正銘の、家なき子。アキくんの残してくれた遺産があったから生活には困らないそうだけど、でもせっかくだからと私はふたりを我が家に迎え入れた。その方が私の願いも叶えやすい。それに何より……今は、ひとりでいたくなかった。
「もー、喧嘩しないで。次食器割ったらおやつ抜きだって言ったよね?」
居間に向かうと、そこは既に台風の過ぎ去ったあと。パワーちゃんはパンケーキを手掴みで頬張っているし、デンジくんは「もったいねぇ〜」と床に落ちたサラダを口に入れている。そして床には割れた小皿が散乱する始末。
大方パワーちゃんがサラダを嫌がって投げ捨てたのだろう。私が目を向けると、彼女はさっと顔色を変えた。
「ワシじゃない、デンジじゃ!」
「はぁあ?たまにはおとなしく罪を償えよ!」
「人間はすぐ人のせいにする!だから嫌いじゃ!」
ふん、と膨らむ頬。その表情はなおのこと彼女を幼くさせる。とくれば、やっぱりデンジくんの方がお兄さんだ。彼の方がよっぽど育てやすい。
でも子供と考えれば可愛く見えてくる。……けど、甘やかすのと愛するのは違う。時には厳しく接することも必要だ。
「素直にごめんなさいできる子にはもう一枚パンケーキあげようかなぁ」
ちらり。横目で窺っていると、パワーちゃんが肩を揺らしたのがわかった。そして彼女は思った通り、「ワシがやった」と白状した。
……いや、白状とは少し違うかな。パワーちゃんの中では完全にデンジくんがやらかしたことになっているのだろう。パワーちゃんの頭はずいぶん都合のいい作りになっている。だからたぶんこれはパンケーキをもう一枚食べたいという主張にすぎない。
でもまぁ、約束は約束だ。
「ちゃんと言い出せて偉いね、パワーちゃん」
「ふふん、当然じゃ」
「じゃあ約束通りパンケーキもう一枚あげるね。……でも罰として、今日のおやつは抜きだから」
「な……っ」
せっかくもう一枚パンケーキを積んであげたのに、パワーちゃんは喜ばない。「ワシのおやつが……」と顔には絶望の色。大袈裟だ。でも子供にとっておやつ抜きは一大事なのかもしれない。
そういえば、子供の好き嫌いを直すにはどうしたらいいんだろう?パワーちゃんは食い意地が張ってるくせ、デンジくんと違って好き嫌いが多い。……私も、色々勉強しなくては。
「デンジくんは?おかわり欲しい?」
「あー……」
パワーちゃんの後始末をしていたデンジくんは、しかし「オレはいい」と首を振る。
「そこまで腹ァ空いてないから」デンジくんは少し痩せた、気がする。笑っていても、拭いきれぬ翳り。瞳の奥に横たわる空虚。
──彼のために、私ができることはなんだろう?
「片づけ、ありがとね」
立ち上がったデンジくんに歩み寄り、その頭を撫でる。焼けた金の髪。豊かに実った稲穂を想起させる、それ。でも今は少し元気がない。頭を撫でられても、はにかみ笑うだけ。彼の心からは強い欲望というものが感じられなかった。
デンジくんのために私ができることはなんだろう。アキくんは死んだ。私じゃ彼の代わりにはなれない。──どうすれば、デンジくんは笑ってくれる?私はデンジくんの底抜けに明るい笑顔が好きだった。
私は笑った。悲しいような、切ないような、そんな気持ちを抑えて。微笑むことしかできないのが、一番、つらかった。
カテゴリ:ネタ
2020/08/28 14:47
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