本誌
本誌の感想も兼ねた小話です。チェンソーです。アキくんいます。ていうかほぼアキくんです。追記からどうぞ。
銃の悪魔編アキルートで、アメリカから日本に帰ってきたあとの話です。時間軸は今週の本誌。デンジくんと岸辺隊長と秘密の部屋+アキくん。
ブラウン管の向こうではバカ騒ぎが起こっていた。遠い世界の人々は勝手だ。勝手に畏れて、勝手に救世主扱い。でもデンジくんは泣いていた。
「すげえええ……!スゲえモテてるう〜……!」
感激のあまりか。テレビを抱き締めかねない勢いだ。そんなことしたって人肌は感じられないのに。
「オレえ……ホントは……実はホントはああ……、朝……ジャム塗った食パンとかもう飽きてて……!」
衝撃の告白。
「そうだったんだ」私はぱちぱちと目を瞬かせる。「言ってくれたらご飯炊いたのに。ねぇアキくん」隣で黙々とおにぎりを頬張っていたアキくんに話を振る。彼は「そうだな」とだけ言って、水を飲んだ。
その前で、デンジくんはなおも言葉を続ける。
「ホントは毎朝ぁあステーキとかっ食いてえんですっ!」
「いや、それはダメだろ。栄養面から考えて」
真面目なアキくんはツッコミを入れるけど、デンジくんには届かない。デンジくんは「10人くらい彼女がほしい」「たくさんセックスしたい」と泣き叫んでいる。
切実だ。悲痛極まりない声。だけど内容はあまりに下品なもので、私は両頬を押さえた。すこし、あつい。
「そ、そんなに欲求不満だったんだね……。気がつかなかったな……」
「聞こえないフリしとけ」
「そういうわけにはいかないよ……」
私とアキくんはこそこそと言葉を交わす。
私たちはアメリカから帰ったばかりでデンジくんがどれほど酷い目にあったのか伝聞でしか知らない。知らないけれど、好意を寄せていたひとに裏切られたのはとてもつらいことだと思う。
それに私もデンジくんを追い詰めた者のひとりだ。デンジくんからアキくんを奪って、アキくんからはデンジくんたちの記憶を奪った。だから私にできることなら、なんだってしてあげたいと思う。
「おい待て早まるな」
「だって……」
「だってじゃない」
「大丈夫、さすがにその、さ……いごまではしないから」
それは相手がデンジだからというわけではなく、単に悪魔としての制約の問題だ。私は信仰の悪魔。清らかなものを尊ぶもの。だからこの身を神以外に捧げると、恐らく私という個は崩壊してしまう。
そんなわけだから、デンジくんを完全に満たしてやることはできない。できないけれど、青少年らしい欲求を僅かばかり軽減してあげることくらいはできるだろう。
善意のつもりで言ったのだけれど、しかし今度はアキくんの顔が強ばった。固まって、顰めっ面になって、最後には深々と溜め息。
「バカか」
「いたっ」
アキくんの答えはチョップだった。軽く私の頭を叩いて、彼は自分の額を押さえた。疲れた、と顔には書いてある。
「もっと自分の体を大事にしろ」
「……アキくんには言われたくな……にゃにするの」
次いで頬をつねられた。今日のアキくんは些か乱暴だ。疲れているせいもある。鬱憤も溜まっていたかもしれない。
「人の気も知らないで」というのはいつの日か私がアキくんに言ったものであるけれど、今度は私に返ってきた。
「第一それじゃ根本的な解決にならないだろ」
「根本的な……?」
「……要するに、人間の欲には際限がないって話じゃないか?」
「あ、そういうこと」
改めて、おいおいと泣くデンジくんに目をやる。
なるほど、そういうことなら私が一時の慰めを与えたところで意味はない。やっぱりアキくんは凄いなぁと私は尊敬の眼差しを向けた。
「でもそれならアキくんは?」
「は?」
「アキくんにもデンジくんみたいな欲求、ないの?」
くしゃり、とアキくんの持っていたペットボトルがへこんだ。
「……あるわけないだろ」
苦虫を噛み潰したみたいな、声。それは見当違いの質問を受けたため……だけではないように思えた。たぶん、それだけならさっきみたいに叩かれて終わっている。そんな気はしたけれど、指摘するのはやめておこう。やぶ蛇になるのはごめんだ。
そう思ったのは、アキくんに『お前は?』と問い返される光景を想像したからだった。お前にも、そういう欲望はあるのか?──そんなことを聞かれたら、嘘をつける自信がない。
──アキくんならいいよ、なんて。
言っていいのは、人間の女の子だけだ。
カテゴリ:ネタ
2020/11/16 21:42
2020/11/16 21:42
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