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今週のチェの感想です。
デンジくんエンドです。倫理観など放棄してます。ネタバレしかありません。そんな話です。
追記より主人公一人称視点、名前変換なし、デフォ名なしの小話です。







 寒くなってきたから今晩は鍋にしよう。そう思い立ち、大根と白菜を買って帰った。
 「今夜はお鍋だよ」私が言うと、デンジくんは「いいっすね〜」と笑って、冷蔵庫を開けた。ところ狭しと並んでいたタッパーも少しずつ数を減らしていっている。いつかはすべて消化しきる日が来るのだろう。それはホッとすることのようで、少しだけ寂しさを感じることでもあった。
 私が野菜の処理をしている間に、デンジくんも挽き肉の準備に取りかかった。この一月ひとつきあまりでだいぶ手際のよくなった彼。肉団子を作るのもお手のもの。その成長が、私は悲しかったりもする。

「お〜、うめぇ。やっぱ冬は鍋だよなぁ」

 二人きりのアパートで、小さなテーブルを囲む。出来立てほやほや。湯気の向こうでデンジくんは肉団子を頬張る。私のお皿には入っていないそれを、美味しいと言って食べ続ける。その味を私は知らないし、知らなくていいとデンジくんは言う。
 一番始めに、最初の晩に、『これは俺がやりたくてやることなんだ』と、彼は私に言った。それは責任感からでもなければ、悲壮感を滲ませたものでもなかった。彼にとってはそれが当たり前のことで、苦痛など感じていないらしかった。

「そうだね。冬は、寒いからね」

 寒いから、だからひとの温もりが恋しくなる。
 湯気が消えていく。食べ進めるうちに、室内は冷めていく。温度を失っていく。冬のなかに、取り残される。
 辺りは静けさに包まれていた。夜の暗闇ばかりが目についた。静寂が耳に痛いほどだった。この部屋は、二人きりにしては広すぎる。

「デンジくん、」

 スプーンが空のお皿に転がる。私の心も転がり落ちる。落ちていく、──どこへ?わからない。ただ、なんだかひどく寒く感じられた。
 私はデンジくんの隣に座った。デンジくんは不思議そうに私を見た。少し、背が伸びたのかもしれない。体も厚みが増している。
 デンジくんは変わっていく。変わっていくけれど、でも、私たちは同じいきものだ。永遠に等しい命を分け与えられた私たち。──私には、デンジくんが必要だった。

「なん、で……」

 口づけをして離れると、ポカンとした顔が目の前にあった。
 戦っている時はあんなに格好よかったのに。今のデンジくんは普通の子どもみたいで、私は彼の頬を撫でた。

「なんでだろう?寒かったからかな」

 ごめんね、と言うと、手を握られた。
 デンジくんは何か言いたげな、でも言葉が思い浮かばないといった苦悶の表情を浮かべていた。その内心を表す適切な語は、私にもわからないことだ。私たちは同じように無知で、同じような罪を背負っている。

「デンジくん、」

 今度はゆっくりと距離をつめた。でもデンジくんは逃げなかった。私の唇を受け止めて、受け入れた。醤油や味醂の混じった口づけだった。私が予感していた特別な味というものは存在していなかった。

「……いいんすか、あんたは、それで」

 いつの間にか目の前には天井があった。天井を背にしたデンジくんが、私の上に跨がっていた。
 デンジくんは掠れた声で私の名前を呼んだ。それは縋りつくようで、赦しを求めるようでもあった。応じる私の声も、たぶん同じような響きをしていただろう。
 だってこれは、私にとっても救いとなるものだ。

「うん、私はキミがほしい。マキマさんを食べた、キミのことが、」

 どうしようもなく触れたかった。かつて愛した女性に、妹のように思っていた悪魔に、家族になりたかった少年に。そのすべてを内包したデンジくんに、誰よりも触れたかった。私は悪魔で、欲張りだから。だから、全部ほしかった。

「……いいよ、あんたのことも俺がちゃんと食べてやる」

 デンジくんはそんな私を受け入れてくれた。キスをして、服を脱がせ合って、はじめての感覚を共有した。私にとってはそのすべてが必要なことだった。





 夢の中で、マキマさんと会った。彼女は相変わらずで、私のやることが心底理解できないといった様子だった。支配の力のせいだと今でも思っているらしかった。
 そんな彼女が哀れで、愛おしくて──目覚めた私は、少しだけ泣いてしまった。やっぱり私はマキマさんが好きだ。きっかけが支配の力によるものであっても、どんなことをされたとしても。それでもやっぱり、私にとって彼女は特別な存在だった。

「なっ、なんで泣いて……」

「ああ、違うの。デンジくんのせいじゃないよ」

 同じベッドで眠っていたデンジくんは、目覚めた途端に私の泣き顔を見てしまったせいで狼狽えていた。昨日の必死そうな顔もよかったけれど、こういう素直なところもかわいい。
 そう、特別なのはマキマさんだけじゃない。──デンジくんだって、もうとっくに私の特別になっていた。

「ただね、好きだなぁと思って。──うん、やっぱり私、デンジくんのこと好きだよ」

 そう言って頬に口づけると、デンジくんは顔を真っ赤にした。
 平凡な朝だった。少しばかり寒さの厳しい、穏やかな朝。喧騒は遠く、大きな事件などもない。ニュース番組は天気の話ばかりをしている、そんな朝だった。
 そんな朝が、心から愛おしかった。

カテゴリ:ネタ
2020/12/07 17:07


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