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南雲くん

追記からSAKAMOTO南雲くん夢です。
名前変換なし、デフォ名なし(彼女表記)。
南雲くん視点。






夢主設定
南雲くんの一つ上の先輩殺し屋。
あらあら系お姉さん。
男を見る目がないけど家庭を持ちたいな〜と思ってる。







 月のきれいな夜だった。あらゆるものが白白とした月明かりによって詳らかにされていた。庭を囲んだ垣根、ニ脚あるガーデンチェア、ペンキの剥げたところのある置物、窓ガラス、そしてその向こうにいる二人の男女まで。馬乗りになった男が女の首を絞める様まで、月明かりは煌々と照らし出していた。
 男は「すまない」と言った。すまない、でもこうするしかないんだ。そう言った男の目はギラギラと血走っていた。興奮状態なのは明らかだった。
 反対に、組み敷かれている女の方は藻掻くことすらしなかった。男に首を絞められながら、けれどその身体はまったくの沈黙を保っていた。男の目をじいっと見返しつつ、あらゆるものを受け入れていた。……たとえばこれから迎える自身の死についても。
 諦めとも悟りともつかぬ様相であったが、男が小さな呻きを洩らして自身の胸に倒れ込んでくると、さすがの女もその瞳を揺らした。

「なに大人しくやられてんの」

 男の背後、目映いばかりの月光を浴びて、ひとりの青年が立っていた。夜の闇を溶かしたような、黒黒とした目。それが僅かな怒りを伴って、女を見下ろしていた。
 「あのままじゃ死んじゃってたよ」死んじゃってもよかったの、と言いながら、青年は男の背中から刃物を抜き取った。
 その時、ぴくり、と男の指先が動いたような気がした。……気がしただけだ。青年の手は寸分の狂いなく男の心臓を穿っていた。だからもう、この男が動くことはない。呼吸は止まり、あとはただ、朽ちていくばかり。
 物言わぬ骸とかした恋人の頬を、女は愛おしげに撫でた。その行動を見咎めて、青年は眉を寄せる。

「ソイツはセンパイを殺そうとしたんだよ?」

「ええ、そうね」

「……理解できないなぁ」

「でもちっとも憎めないんだもの、仕方ないわ」

 むしろ今の方がずっと愛おしい。以前よりも──生きていた時よりもずっと可愛く思える。女は微笑んで、驚愕に見開かれていた男の目を閉じてやった。

「それに何となく大丈夫な気がしてたの。今までだって南雲ちゃんが助けてくれたでしょう?だから……ね」

 ふふ、と慎ましやかに笑む。その目は親愛に満ちていて、青年──南雲も「まぁね」と笑い返す。
 まぁね、こうなるって分かってたからね。……続く言葉は呑み込んで、笑顔の仮面を被った。
 そうだ、最初から分かっていた。彼女は男を見る目がない。南雲がちょっと餌をチラつかせれば──『殺し屋殺しはカネになるよ』とかその程度のことで──簡単に恋人を売る、そんな男ばかりだった。
 だからこうなるのは当然なんだ。南雲は冷ややかな目で死体を見た。バチが当たったんだよ。センパイを裏切るからいけないんだ。僕ならそんなことしないのに──

「ほらほら、ばっちいから死体から離れて〜。後片付けは呼んでおいたからね〜」

「あらあら、何から何まで用意がいいのねぇ」

「あはは、惚れてもいいんだよ〜?」

 半分冗談、半分本気。
 ……なんてね。「いやだわ、そしたらファンの子に今度こそ殺されちゃう」そう言って笑う女の首元。両の手を押しつけられた跡が、いやに目につく。
 いま彼女の首を絞めたら、いったいどんな反応をするだろうか?先程と同じように受け入れるのか、……それとも?それとも抵抗するのだろうか。抵抗して、ほしいのだろうか?
 憎らしいのに殺してしまうのは惜しいような気がして、南雲は得物を収めた。

「それより僕、喉かわいちゃったな」

「そうだわ、お茶を出さないとね。せっかく南雲ちゃんが来てくれたんだもの」

「そうそう、客人はもてなさないとね」

 別に理由なんて何でも良かった。彼女が死体から離れてくれるなら、なんだって。
 背中を向けた彼女の後ろで、死体の頭を爪先で蹴った。ざまぁみろ。

「ミルクがいいかしら、それとも紅茶?」

「お酒はないの?」

 祝杯を上げたい気分なんだよね。って本音はもちろん口にしない。言っていいことと悪いことの区別くらいはつく。嘘をつくのは得意だ。でも時々、本当のことを打ち明けたらどうなるんだろうって夢想したりもする。
 どうするんだろうね、お優しいキミでもさすがに傷つくのかな?
 彼女は困ったように笑う。「寝つきが悪くなるわよ」その顔が悲しみに歪んだら果たして自分は満足するんだろうか、と南雲は思った。

「お酒はね、あんまり置かないようにしてたの。断酒会にも通ってもらってたし、それにさっきので全部だめになっちゃったから」

 彼女の後を追ってキッチンに入る。リビングも争った跡が残されていたが、こちらはより悲惨だった。二つに割れたグラス、噎せ返るほどのアルコール臭。床を転がる瓶からは大きな水溜りができていた。
 彼女は「いやだわ」と頬に手を当てた。いま初めてこの惨状を目の当たりにしたって風で。
 「こんなんじゃあ落ち着けないわよね」ごめんなさいね、と言って、彼女がまず手をつけたのはテーブルの上。ひっくり返された食器やらを纏めてダストボックスに詰め込んだ。冷たくなった夕食の残骸たちも一緒だった。そこに未練はなく、あるとするなら微かな諦念だけだった。
 全部だめになっちゃった──先ほど聞いたばかりのセリフが、頭をリフレインする。

「……やめたらいいのに」

 どうせだめになっちゃうならさ、

「何のこと?」

「他人に期待することを、だよ。……わかってるでしょ?」

 キッチンには小さな窓があった。小さな明かり取り。それが今では粉々に砕け散っていた。そこから吹き込む風は季節外れに冷たく、彼女の頬を嬲った。
 それでも彼女は微笑んだ。

「でも諦めきれないの。私にも当たり前の幸福が得られるんじゃないかって。誰かを愛して、愛されて、家族になれるんじゃないかって。……彼の、あの幸せそうな顔が、どうしたって忘れられないのよ」

 彼のようになりたかった、と彼女は小さく息をつく。南雲はそれを黙って聞いている。心とは裏腹に。
 少しだけ恨みたい気分だよ、と南雲は思う。坂本くん、キミの選択には賛成も反対もしなかったけど、でもこんなことなら少しだけキミを恨んでしまいそうだ。
 「……手伝うよ、後片付け」キミの幸せだけは祈れないけど、その代わりに。

「ありがとう」

 なんで笑っていられるんだろう。キミの不幸は僕の手によって作られたものなのに。
 でも真実を知ってもどうせ赦しちゃうんだろうな。そういう人だから。

「……ふふっ」

「なにがおかしいのさ」

「だって……殺し屋になんかならなきゃ良かったかもって思ったりもしたけど、でも……そしたら南雲ちゃんと出会うこともなかったのよね。そう考えたら、やっぱり後悔はないかな」

 ……ほらね。

「優しいね」

 キミのそういうところが大好きで、大嫌いだよ。

カテゴリ:ネタ
2022/07/21 01:45


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