Memo
Twitter
クリスマスの話

お久しぶりです……(まだ見てくれている方がいらっしゃるか分かりませんが……)
クリスマスにコロナにかかり年明け後も寝込んでいたのと、なんだか文章が上手く書けなくなったため何もできずにいました。
なので遅ればせながらアキくんと過ごすクリスマスネタです。
本当はアキくん視点で書いてたのですがなかなか書き上がらないのでとりあえず夢主視点の小話だけ置いておきます。



以下、『アキくんと逃避行する』シリーズ設定の一部完結後のいつかのクリスマスイブの話。
夢主視点。名前変換デフォ名なし。







 静まり返ったオフィスにキーボードの無機質な音だけが響く。クリスマスイブ。窓の向こう、イルミネーションによって彩られた街並み。耳に馴染む定番のクリスマスソングがあちこちで流されていることだろう。あいにく、冷たいビルのワンフロアにまでは届いちゃくれないけれど。

「……先に帰っててもいいんだぞ」

 パソコンとにらめっこしていたアキくんが言う。「デンジもナユタも家で待ってる」予約したケーキも取りに行かないといけないんだろ、と尤もらしい理由まで添えて。
 だから私も「そういうわけにはいかないよ。私はアキくんのバディなんだから」と言い訳をする。
 だけどアキくんは諦めない。はぁ、とこれ見よがしな溜め息。

「報告書は俺一人で書ける。お前がいたってやることはない」

「いる意味がないなら、いちゃダメな理由もないよね」

「ああ言えばこう言う……」

 宵の口に発生した悪魔による事件。幸いなことに大規模な災害にまでは発展しなかったけれど、デビルハンターに出動要請が出された。討伐、或いは捕獲。それが私たちの仕事だ。
 それが済んだら後始末が待っている。デビルハンターは激務だ。分業っていうのが全く進んでいない。市民の避難誘導から無力化した悪魔の移送、それが終わったら待ち受けているのは報告書の山。被害の規模がどうのとか、悪魔の能力はどうのとか、そういうのを決まった形式で書いて提出しなくちゃならない。偉い人はこれをちゃんと読んでるのかしらね、なんて押された印鑑を見ては考えてしまう。そういう時はちょっとだけ人間がキライになったりも。
 ……というわけで、私が捕らえた悪魔の処理を行い、アキくんが報告書を書くということで一度別れたのだけど、どうやら私の方が先に仕事が片付いてしまったらしい。デビルハンターの本部、聖誕祭を目前に控え、人気のなくなった部屋の中、難しい顔をしたアキくんだけが眉間の皺を伸ばしながらキーボードを叩いていた。なんでも一度入力したデータが吹っ飛んでしまったんだとか。

「まぁいいじゃない。こうして街の灯りを眺めているだけでも楽しいものだよ」

 アキくんが一緒だからね。と、続く言葉は胸のうち。それを知らない彼は「安上がりだな」なんて吐息で笑う。
 私も「そうかな」と笑った。笑いながら、内心で反論した。ぜんぜん安上がりなんかじゃないよ。これがどれだけ尊いものか、キミにはわかりっこないんだろうけど。私がどれだけ強欲なのか、キミは知る由もないんだろうけど。私は、キミと同じ景色が見られる今に幸福を感じている。どうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく苦しいんだ。
 幸福の裏にはいつだって絶望が埋まっている。

「……何か……、欲しいものとか、ないのか」

「え?」

 思いを馳せていると、ぽつり。独りごちるような、けれど問いの形をした言葉が落ちた。
 その、意味を掴みかね、顔を上げる。ディスプレイ越しに交わる視線。どこか迷いを含んだ目に、首を傾げる。
 ……ほしい、もの?
 アキくんは「クリスマスだろ」と口早に言い募る。「こんな時間まで付き合わせることになったし」
 それは別に、私が好きでしていることで。報告書が出来上がらないのだって、機械のせいで、アキくんには何の罪もないのに。

「償いならいらないよ。受け取る筋合いがない」

「だからそういうんじゃなくて……」

 アキくんは普段、はっきりとした物言いを好む。なのに今の彼は珍しく言い淀み、こめかみを押さえた。
 頭でも痛むんだろうか。今夜は冷えると朝のウェザーニューズで言っていたのを思い出す。体調が良くないのなら早く帰してあげないと。
 私は口を開きかけ、アキくんはひとつ、息をついた。

「……いや。クリスマスには、真実を言わなくちゃいけないんだったよな」

 どこかで聞いたセリフ。それを彼は諦めたみたいな、それとも吹っ切れたみたいな、何故だかすっきりとした顔で口にした。

「クリスマス、何かしてやらなきゃって思ってた。ほら、姫野先輩には色々付き合わされただろ?何の意味もないのにイルミネーションを見に行ったり、わけもなく映画館をハシゴしたり、それで決まって夜にはケーキとチキンを食って、酔い潰れてさ」

「……酔い潰れてたのは姫野ちゃんとアキくんだけだよ」

「あぁ、そうだったな」

 でも楽しんでただろ、とアキくんは断定の口調で言う。私は否定しない。向かいのデスクに座るアキくんを、彼の過去を慈しむ二つの目を黙って見つめる。私は彼の言葉を待つ。彼が、何らかの答えを与えてくれるのを。
 アキくんは「だから何かしてやりたかった」と続ける。私に。私の目を見て。過去を語るのと似た温かさで、でも完全に同じというのではない色で。静かな夜を反射する彼の目は、穏やかな青色をしていた。
 例えばそれは、聖なるものの、

「けど何も思いつかなかった。岸辺隊長にも、天使のやつにも相談したんだけどな」

「デンジくんには聞かなかったの?」

「……あいつに聞くのはなんか、負けた気がするだろ」

「勝ち負けの話なの」

「おい、笑うなよ」

 アキくんは眉根を寄せて、でもすぐに目許を和らげた。
 ささやかな笑い声がしじまに溶ける。私たちを照らすのは何の飾り気もない蛍光灯で、私たちの元には聖歌隊だって訪れやしないけど。でも今の自分はきっと街ゆく人々と同じ表情を浮かべているのだろうと思った。甘くて、少しほろ苦い。そんな幸福の味。

「私の欲しいものはね、人間の血肉だよ。決まってるでしょう、私は悪魔なんだから」

 だからね、アキくん。キミが隣にいてくれればそれで私は満たされるんだよ。

「『私にとって、キミが最高の人』」

 そう囁くと、アキくんは一瞬呆気に取られた顔をした。でもすぐに思い至る。
 「あぁ、一昨年のクリスマスに観たな」映画のタイトルを呟く彼に、私は「だってアキくんが『クリスマスには真実を言わないと』なんて言うんだもの」と返す。映画ではそのセリフの後で私が引用した告白の言葉が続くのだ。好きだとか愛してるとか、そういうのじゃ収まりがつかない感情。言い表すにはこれ以外思いつかなかった。ーー自分の言葉だけでは、今はまだ。
 そしてそれはどうやら彼の方も同じだったようで。

「……俺も、そう思う」

 アキくんは「クリスマスだから」、という言い訳を繰り返す。でも結局のところそれは彼の言葉が真実であるという証明にしかならない。
 それがわかっているからだろうか。合わさっていたはずの視線は逸らされ、ディスプレイに集中する。黙々と動かされているであろう手はこちらからは見えない。それを『もどかしいな』と私は思う。なんだか無性に彼に触れたい気分だった。……何せ、クリスマスなので。

カテゴリ:ネタ
2023/01/17 01:58


TOP
Category
Back number
Since.2018.07.07

HOME

© 2018 Angelica