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チェ2部
追記から2部のソードマンくんの小話です。
原作沿い夢主視点、名前変換及びデフォ名なし。
NTR大好きなので吉田くん視点で見るとそんな感じです。










 最初に知覚したのは匂いだった。黄昏に沈む廊下を漂う、悪魔の心臓を持つ者特有の匂い。人間の芳醇な血肉と悪魔の腐った臓物が混じり合った、不快な臭気。それを嗅ぎ分けた後で、持ち主の顔が見覚えのあるものであることに気づいた。

「キミは、剣の……」

「……どーも」

 少年らしい、僅かに丸みの残る輪郭。そこに仏頂面を乗せたまま、彼は頭を下げる。
 不本意であるのを隠しもしない態度。ならば無視をすればいいのに変なところで礼儀正しいのはどうしてか。

「……アンタは一応、力のある悪魔だからな」

 ……妙なところで義理堅い。完全な悪魔だったらそんなこと思いもしないだろうに。悪魔の力を持つとはいっても思考が人間のそれに近いのは、彼にとって幸か不幸か。
 ともかく、以前のデンジくんよりは余程一般人らしいなと思う。きっと苦労も多かったろう。

「……オイ、気安く触るなよ」

「ごめんごめん、歳を取ると涙もろくなっちゃって」

「ハァ?」

 「意味わかんね〜」とボヤかれるが、手が振り払われることはない。だから許されたのだと解釈し、指通りのいい頭を撫で回した。
 結構触り心地がいい。しっかりケアしてるのか、元々の体質か。吉田くんは後者だったな、とかつて交わした会話を思い出す。
 『同じ髪色だから』と想起されたのだけど、吉田くんのそれとも指ざわりが少し違う。吉田くんのは艶があるというか、滑らかさがあるというか。対してこの少年の髪は艶やかさこそないものの、質のいい布地に似た柔らかさがある。……うーん、人間って奥が深い。

「……って、いつまで撫でくり回してるつもりだよ!」

「や、キミが大人しくしてるものだから、つい」

 少年は眦を吊り上げて──、しかしすぐに脱力した。「クソッ」と舌打ちが聞こえるが……、そんなに我慢させてしまったのか。

「ごめんね、えっと……」

「……須郷。須郷ミリ」

「わぁ、須郷くんはすごいね。私が名前、聞く前に教えてくれるなんて」

「わかりやすすぎるんだよ、お前」

 ふはっ、と空気が抜けるように少年──須郷くんは笑う。「ガキみてー」と言う彼の方がその見た目に相応しい表情を浮かべている……とは思ったけれど口に出すことはしなかった。この穏やかな夕焼けが心地よかったから。

「なんだよ、まじまじ見て」

「ううん、須郷くんが元気そうで安心した。ほら、公安ってあれ以来バタバタしてて、キミたちのことは噂で聞くばかりだったから」

「あ〜……」

 途端に変化する表情。苦虫を噛み潰したような顔と喉奥の唸り声。厭なことを思い出した、という顔で声なき声が形作るのは、未だ忘れられぬ女性の名。
 それを少年は忌々しいとばかりに呑み込み、私は切なく痛む胸に押し込めた。彼は彼女のことを恨んでいるのだろうけど──それもまた致し方ないことだと理解しているのだけど──それでも彼女の名前をそんな風に汚したくなかった。
 マキマさん──私は今でも、あなたを慕わしく思う気持ちを忘れられません。

「俺は今、結構いい暮らししてるぜ。チェンソーマン教会でちょっと仕事するだけで金は使い放題だし」

「そうなんだ」

 得意げに語る須郷くんに『それって怪しくない?』と言いかけてやめる。チェンソーマン教会にキガちゃん──飢餓の悪魔が深く関わっているのは知っている。公安としては静観の構えだが、デンジくんとナユタちゃんの平穏を脅かすなら黙っているつもりはない。
 そうなったらきっとキミと殺し合うことになるのかな。……なるんだろうね、きっと。
 一抹の寂しさは恒常的なもので、この世界にはありふれたものだった。

「お前も来る?いいとこだぜ、チェンソーマン教会」

「うーん……」

「実は俺がこの学校に来たのはさ、デンジを誘いに来たからなんだよ。今日は編入手続きで、正式には明日からなんだけど」

「へぇ?」

「だから一応、アンタには挨拶しとこうと思って。アンタ、デンジの保護者なんだろ?この前デンジに手ぇ出した公安のヤツ、アンタが張り倒したって聞いたぜ」

「耳が痛いね」

「でも事実だろ。俺は同じ轍を踏むのはゴメンだからな、先に話を通しておこうってワケ」

「キミ、仕事ができるって言われない?」

「まぁな」

 すごいすごい、と拍手を送れば、満更でもないって顔。うーん、かわいい。こういうところはデンジくんと少し似てる。
 他に同じ年頃の子を知らないから比べようもないけど、このくらいの少年はこんなにも無邪気なのか。そんな風に考えてしまえば、名前を知ったのがつい先刻だということも忘却の彼方。なんだか親近感を覚えて、親愛の情まで芽生えてくる。
 庇護欲とでもいうのか。これもまた致し方ないこと、と誰にともなく内心で言い訳をする。何せ私は、人間を愛するように作られているものですから。しいて言うならそんな悪魔を生み出した世界が悪い。

「うん、須郷くんの好きにしたらいいよ。デンジくんを誘うのはキミの自由だし、デンジくんがそれに応えたとしても私は一切手を出さない。信仰の悪魔の名に誓って約束しよう」

「……いいのか?アンタ、公安に飼われたまんまなんだろ?」

「飼い犬にも譲れない一線はあるんだよ」

 哀れみの視線に、苦笑でもって返す。
 公安という組織への忠誠心などハナからない。最初のきっかけはマキマさんで、今もまだ属しているのは、私に首輪をつけることでデンジくんたちの最低限の自由は保証してもらえるからだ。

「だから、どんなにいいところでもチェンソーマン教会には行けないんだ。まぁ国が滅んだらその限りではないのだけど」

「ふーん……」

 須郷くんはわかったようなわからないような顔をして、でも「アンタの事情はわかったよ」と頷いた。

「理解はできないけどな。悪魔ならもっと、好き勝手生きたらいいのに」

「私は割りとそう生きてるつもりだけど」

「そうかぁ?自由ってのはもっとこう……毎日ゲーセンで遊んだり毎日ステーキ食ったりすることだろ」

「それは私の知らない自由だなぁ」

「もったいねー。絶対アンタ、損してるって」

 そう言われましても。
 「ゲーセンには行ったことがないから面白さがわからないし、」毎日ステーキは飽きるし、と続ける前に、「はぁ!?」とやたら大げさに驚かれた。驚天動地、瞠目結舌。その驚きように、私までびっくりする。

「行ったことねぇの!?」

「うん?まぁ、特別用事もないしね」

「はぁ〜、ありえねぇ。そんなんで学生やってるつもり?そのうち悪魔だってバレるんじゃねぇの?」

「そこまで言う?」

「言うね。ゲーセン行ったことねぇ学生なんて聞いたことねぇもん」

「うーん、悪魔だってバレるのはマズイなぁ」

 そんなことで悪魔バレするはずがない。
 ……と思っていたのだけど、こうもはっきり言い切られると心がぐらつく。他の学生と遊ぶ機会なんてなかったから、彼らにとっての常識など知らないことの方が多いのは事実。だから『須郷くんの言っていることは間違っていないのかも』と思い始める。
 ──と、

「しょうがねぇなぁ」

 そう、溜め息をついてから。渋々、といった様子の須郷くんに手首を引っ張られた。

「え、なに?どうしたの?」

「だからゲーセン!連れてってやるって言ってんの」

 きっと今の自分はぽかんと間の抜けた顔をしているに違いない。引き摺られるようにして廊下を進んでいるから、窓ガラスに映る自分の顔を確かめる余裕もないけれど。
 この学校のものとは違う制服の袖が手首を擽る。数分前に初めて触れた髪が目の前で揺れている。知らなかったはずの温もりを、膚が覚えていく。
 人間の芳醇な匂いが香って、その瞬間は罪の意識を覚えるのに、悪魔の腐った匂いを嗅ぎ取ってしまうと、拒絶の心は萎んでいった。『まぁいいかな』なんて。ただの人間じゃないならこの手を振りほどかなくてもいいかなって。そんな邪なことを考えてしまった。
 ……それに今は『普通の学生らしいことを知る』っていう大義名分もあるし。

「……あのさ、急に黙り込まないでよ」

「だって……、ふふっ、こんなことになるとは思わなかったから」

「……イヤなのかよ」

「違うよ。ただこういう感覚って随分久しぶりだから、なんだか浮き足立ってしまうの」

「なんだそれ」

 面白くなさそうな顔をしていたと思えば、おかしそうに吹き出してみせたりもする。須郷くんのくるくると移り変わる表情は見ていて飽きない。懐かしいとさえ思う。
 今ではうしなわれてしまったもの。永遠に輝かしいままの黄金の午後。そういえば、私は人間のこういうところが好きだった。愛おしいという感情を知ったのは、『彼ら』と過ごす穏やかな日々の中でだった。
 ……例えばそう、こんなふうに。他愛のない話で笑い合って、触れた温もりに安心して。そういう時だけは悪魔だということも忘れられた。
 でも『彼ら』が遠く旅立って──もう二度と会えなくなってしまってから、笑うことにも肌の触れ合いにも現実感が乏しくなっていった。悪夢を見ているのだと思う時もあれば、あの美しい時間こそが夢だったのだと思う時もあった。
 ぼんやりと紗のかかった思考ではいずれが真実か判別のつけようがなかったし、そうする気力さえ失われていた。世界のあらゆるものが自分の脇を通り過ぎていく感覚。足元に流れる川はいつの間にか水かさを増し、私はただ、その流れに身を任せるだけ。時折意識を掠める温かな記憶を懐かしんでは、眠りに就く。その繰り返し。
 それでいいと思っていたのに。そのはずなのに、掴まれた手を振りほどくことができない。

「あぁでもどうしよう。これでも私、パトロール中なんだよね」

 キミならこういう時どうするのかな、って。視線で問いかければ、彼は予感通りの答えをくれる。

「そんなのサボればいいじゃん」

「公安なのに?」

「でも悪魔だろ?」

 自由に生きるべきだ。悪魔らしく、……人間らしく。そう、かつて同じひとに飼われていた少年は伸び伸びと笑う。その笑顔からは楽しくてたまらないという気持ちが伝わってきた。
 いいな、と思う。純粋に羨ましい。自由を知ることができたら、私も同じように笑えるだろうか。……自分を、ゆるせるだろうか。
 深く考える間もなく、私は彼と手を繋ぎ直していた。

「教えて、私の知らないこと。キミの楽しいと思うこと。知りたいの。……キミに、教えてほしい」

「……っ、しょうがねぇなぁ!」

 キラキラと夕日を反射する双眸。さっき聞いたばかりのセリフを、さっきとは真逆の明るさで須郷くんは口にする。紅潮する頬は日差しのせいばかりではないだろう。
 『頼られて嬉しい』って書かれた顔で、彼は「任せろ」と顎を引く。

「俺が教えてやる。今日は予定空いてるからな。特別だぞ?」

「光栄だな。ありがとう」

「ま、まぁ?お前がどうしてもって言うなら、また暇な時付き合ってやってもいいけど、」

「優しいね。でもそうしてもらえると助かるよ。キミとこれっきりじゃあ寂しいから」

「そっ……こまで言うなら、その、………考えとくよ」

 なのにこの後はじめてプレイした格闘ゲームで私が勝ってしまうと、「もう二度と誘ってやんねー」と約束を反故にしようとするものだから焦ってしまった。

カテゴリ:ネタ
2023/08/21 14:50


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