今日も毎度お馴染み太宰さんと一緒になって中也さんを酔い潰してからしこたま酒を飲んで、気がついたらフラフラと職場まで来ていたものだから嗚呼やってしまったと頭を抱えた。家に帰るつもりだったというのに一体何処でどう間違えたというのか。

「何をしているんですか」

そうだ確か報告書を提出し忘れていたからそれを取りに来たんだった、と自分一人で納得していたところへ背後から声をかけられたので振り返る。泥酔していても人の気配、特に今わたしの背後へ立っている彼のそれにはどうにも敏感で、マフィアって仕事は厄介だなぁとこんな時に思ってしまった。

「あらあら芥川君、遅く迄ご苦労様」

言うと、薄暗い廊下に同じ位に薄暗く立っていた芥川君はほんの少しだけ顔を顰めた。わたしが思うに、彼はわたしの事が嫌いらしかった。けれども彼にとって上下関係とは絶対であるのでそれをなるべく顔や態度に出さないようにしているらしかったし、わたしの方もそうして見え見えの葛藤を繰り広げる彼が可愛かったので、特に何かを言うでもなく、ただ、必要以上に話し掛けたりしてその反応を楽しんでいた。

「飲んでらしたのですか」
「うん。太宰さんと中也さんとね」
「…左様で」

二、三歩、近寄れば酒の匂いにかそれとも別のものにか、不機嫌そうな顔が更に歪んだので、わたしは気を良くして決して後退りはしない芥川君の右手を取って握りしめた。
「何ですか」と尋ねる芥川君の顔を見上げる。
そういえばわたしは芥川君と酒を酌み交わした事が殆ど無い。以前如何しても酔っ払っている彼が見てみたくて無理やり口に一升瓶を突っ込んでみたのだけれども、もう既に少し酒が回っていたらしい彼の羅生門で殺されそうになったので、以後その様な横暴は働くまいと自重している。でなければ彼が太宰さんに嬲り殺されてしまうかもしれないから。

「報告書ならば提出しておきました」

じぃと薄暗い目を覗き込めば芥川君は淡々とそう言って、此れで良いでしょう如何か放して下さいと言った感じで、わたしを見つめ返した。

「…そう。有難う」

彼は太宰さんに木偶だなんだと言われっ放しであるが仕事がそこそこに出来る、とわたしは思っている。取り分けわたしのフォローなどいつも抜かりが無いので嫌いな割にわたしの事をきちんと理解してくれているらしい。
握った手をぶらぶらと揺らしてみれば芥川君はただされるがままになってわたしを見下ろした。

「みょうじさん」
「うん?」

またふわふわと良い気分になってきたのでなんだか踊り出したいなあと思ったけれども、目の前の不機嫌な芥川君ではわたしの相手を務めてくれないだろう。太宰さんならば一緒になって踊ってくれるというのに。一層腕を強く揺らし始めると芥川君はとうとう小さく溜息を吐いた。

「酔っていますね」
「見ればわかるでしょう」
「明日は早朝から襲撃任務です」
「知ってる」
「起きられますか」
「芥川君が、起こしてよ」

言うと、芥川君はぐぅと押し黙る。彼のせめてもの抵抗だけれどもそれがどうにも可愛くって、わたしはまるで太宰さんがわたしにやるみたいにふふふと笑って彼の腰へ絡みついた。ほんの少したじろいだ彼は半歩、下がってそれでもきちんとわたしを支えて立っている。

「では5時に伺います」
「今何時?」
「2時です」
「うっわぁ」

今更ながらにあそこまで太宰さんに付き合うべきではなかったなと後悔したけれどももう遅い。眩暈を起こしそうになりながら頭を抱える。漸くわたしから解放された芥川君はごほごほと咳をした後に「送りましょうか」と珍しい事を言い出した。

「如何したの珍しい」
「いえ、家にきちんと帰っていただかなければ明日に支障が出ます」
「…今日はもうその辺のソファで寝る」
「…」

だから君も帰んなさいね、と続けたがわたしの前に立ちはだかった黒い影はいつまでも其処を動かない。出来ればこのまま壁伝いに歩いて自分に充てがわれている執務室に向かいたいのだけれども、如何したものか、ぼんやり見上げると今度は芥川君の方がわたしの手を取って歩き出した。「帰らないの」「いえ、」「ふぅん」そんな風なやり取りをしながら腕を引っ張られながら躓きながら、気がつけばわたしはソファに引っくり返されてえらく優しく毛布を掛けられた。

「5時に起こします」
「うん」
「では、僕はこれで」
「嗚呼待って、此処にいて」
「…みょうじさん、」

離れていきかけた手をぎゅうと握ると眉間に皺を寄せた彼が困惑したように其処へ立ち尽くした。「みょうじさん」また呼ばれたけれども聞こえないふりをする。
芥川君はわたしの事をみょうじさんとか貴女とか、そういうちょっと余所余所しい感じで呼ぶ。

「手を握っていて」
「然し、」
「握ってくれなきゃあ眠れない」

少し駄々を捏ねただけで簡単に諦めてくれた芥川君の手がわたしのをそうっと握り直す。思わずうふふ、と笑うと早く寝てくださいなんてまたもや優しく、顔にかかった髪を撫でられた。
月明かりでぼんやり照らされた、不健康そうな青っ白い肌があんまり綺麗で可哀想だったので、首を引っ掴んで接吻してあげたいなと思ったけれども、真黒の目がゆらゆらと柔らかくわたしの輪郭を舐めていたので、接吻は今度太宰さんと中也さんがいる時にしてあげようと少し冷たい手の甲に唇を寄せた。





慕情とかくんぼ




160921


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