※一部暴力的な表現があります







確かな殺意を持って壁へ押し付け突きつけたはずの剣は喉を掻き切る前にバラバラと形を保たずに消えていった。目の前の薄暗い瞳を覗き睨みつけてみても、「やぁなまえ」と至極楽しそうな顔をする太宰には効くどころかむしろただ喜ばせているだけらしい。にたり。余計に美しく弧を描く唇が艶っぽく、尚の事腹立たしかった。

「随分と熱烈なご挨拶だねぇ」
「煩い」
「ハグしてあげようか」
「黙って」

組織では死の影だとか色々と呼ばれている私の主な仕事は暗殺である。昼夜は問わず影の様にすうっと相手の背後へくっついていって首を掻き切る。それだけの単純な仕事だ。私を組織へ引き入れたのは何を隠そう目の前に立っているこの男であり、そうして私を置き去りにして姿を消したのもこの目の前の、胡散臭い笑みを浮かべた太宰であった。

彼は初めて路地裏で私と対峙した時、其処彼処に転がる死体と異能で変形した右腕の剣を見て云った。素敵だねぇ。私にはその一言で十分だった。

何故消えたのだとか何故私を置いていったのだとか何故何も言わず何の連絡もよこさなかったのだとか、何故を十も二十も並べては潰す作業を毎晩繰り返し、その度に頭の中で太宰を殺した。何てことない、ただいつも通りに首を掻き切ればいいのだから。けれどもどうして、自身の異能ではなく実弾や真剣で臨まなかったのか、それは当の私が一番よく分かっている。
私はいつまでも記憶の中の彼が言った言葉に囚われている。素敵だねぇ。そう言ってにたりと笑った太宰と、今目の前にある表情は寸分違わぬのだ。

「髪が伸びたね」
「煩い」
「どうして態々そんな、脆い剣で私を殺そうとしたのかな」
「うる、さい、」

相も変わらず包帯まみれのその首を絞めてやろうかと思ったけれども実行に移す前に私の腕は太宰のそれに捉えられ、グイと上へ持ち上げられた。身長差が20センチ以上ある男にそれをやられると必然的に身体が引っ張りあげられる。反転して太宰と壁の間へ追いやられ、ゆるく首を掴まれた。
目の前の男一人殺せずに何が死の影か。舌打ちすると「嫌だな、中也みたいな事しないでくれ給えよ」と不快そうに美しく眉を顰めた太宰が私の唇へ噛み付く。思わず息を止めた。死ねばいいと思った。私が。

「口開けて、」

囁く様に熱を含んだ声色で言われたところで誰が素直に従うものか、ギリリと噛み締めた顎を押し上げる様に柔く首を絞められる。ぐぅと徐々に力を込められてとうとう噎せた私の唇を太宰の舌が割って入ると、無遠慮に中をぐるりと舐め回した。相変わらず首を絞める力は緩められず最早意識が朦朧としたけれども何とか捕まっていない方の手で太宰の首を突く。お互いの身体が離れると其々に噎せながら、私はといえば情けなく膝をついた。ようやく酸素を取り入れられた頭がそれでもぼうっとして、飛んできた長い脚の蹴りすら避けることができずに壁へ叩きつけられる。
無駄だとわかっていながらも、条件反射で右腕を剣に変えた。それすら彼の足に踏み付けられ、ボロリと形を崩し、ただの女の腕になる。ただの、女。この男に触れている間だけは、私はただの、女だ。

「おいでなまえ、ハグしてあげよう」

太宰がゆらりと腕を広げる。
目の前の男一人殺せずに、何が死の影か、何が暗殺者か。
息を止める。手を伸ばす。死ねばいいと思う。太宰じゃなくて私が。





死神の接吻





161001



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