そろりと、恐る恐る手を伸ばして触れてみた指は驚くほどに冷たくて慌てて手を引っ込めた。しかしその手を追いかけるようにして伸びてきた冷えた指に、私のそれはいとも簡単に捕まえられ絡め取られてしまう。「芥川さん」。名前を呼ぶと更に手を強く握られた。

夏のピークは過ぎたと言えども夜になってもまだ気温は高く、先に汗を流しておいてよかったとぼんやり思う。目の前の芥川さんはといえば、汗なんてこれっぽっちもかきませんといった感じで、真っ黒の目で唯私を見つめていた。

「芥川さん、」

もう一度、名前を呼ぶと「聞こえている」とえらく素っ気ない返事が返ってくる。けれど私は見逃さなかった、芥川さんの目の奥でじわりと熱が広がるのを。
何か言うべきかどうしようかと考える間もなくもう一方の手が、私の、まだ乾ききっていない髪の毛を掴んで引き寄せる。ぽたり、と髪から雫が落ちて、芥川さんの服を濡らした。

「んん、」

芥川さんのそれは、酷く乱暴なようでしかし酷く優しいようにも思えた。ぬるりと口の中を這う舌でさえその指のように温度が低く感じてもしやこの人は爬虫類とかそう言った類の変温動物だろうか?などと他人事の様に思った。
自由な方の手で芥川さんの胸の少し下あたりを押し返そうとする。じわり、嫌な感触があった。
熱い。
唇が離れたので慌てて顔を上げると芥川さんが不機嫌そうな顔で私を睨む。視線を落とすとやはり腹のところ、シャツに赤い染みが広がっていた。

「芥川さん、」
「黙れ」
「駄目です、血が。治療を、」

任務帰りの彼から血の匂いがするのはしょっちゅうの事なので気にしていなかったのだけれど、今回は訳が違うらしい。怪我をしている。芥川さんが怪我などするのか。取り敢えずは止血をと、立ち上がろうとした私はぐいと腕を引かれてまたベッドへ引き戻された。
倒されて上に乗られて、見上げれば眉間に皺を寄せた芥川さんがゴホゴホと乾いた咳をする。手首を押さえる指が冷たい。けれど私の左手に着いた血は、持ち主の身体を離れたというのに未だにじわりと熱い。

「お願いです、治療を。」
「後で構わん」

私は大いに構いますと思ったけれどそれは再び唇を塞がれたために音になる前に芥川さんの口の中へ吸い込まれていった。服の中へ滑り込んできた手はやはりひやりと冷たい。首筋へ舌を這わされてうなじがじりりと灼けた。
こうなるともう私は駄目で、なす術もなく彼の手や舌や唇に翻弄されるしかない。到底敵わない。
右手でぎゅうと芥川さんの背中を掴む。
左手の赤はまるで呪いのように私の皮膚へ絡みついたまま、じわりじわりと熱を放っていた。





呪いの指先




160903
160905 加筆修正



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