「好きです、たぶん」

言った瞬間に、あ、やってしまったな、と思った。
ぎょっとしてこっちを振り向いた顔は、笑ってしまいそうなくらいにまぬけで、けれど初めて見るその表情が今までで一番好きだなと思ってしまう。
ジリジリとフィルターを焼かんばかりに短くなった煙草から、ぼろりと長い灰が落ちて灰皿の上で砕けた。ものすごく熱いだろうに、声も出さずに軽く手をびくりとさせた土方さんが慌てたように煙草の火を消す。
次の一本を取り出して咥えたあと、右手がうろうろしていたので私のライターを差し出すと、やはり無言のままそれを受け取って火を点けた。一瞬だけ掠めた手がまたびくりと揺れたので、何もそこまで動揺しなくても、と思う。

「…………からかってんのか、」

いつもなら大抵の場合、ツッコミやら手が出るのがおそろしく早いというのに、煙草を半分くらい吸い終えてから、土方さんは絞り出すように言った。
ちなみにここは居酒屋だし、私はもうかれこれ一時間半ほどこのマヨラーと杯を交わしているけれども、酔ってはいないしましてやいつものボケでもない。
ウーロンハイではむしろ酔いが醒めるタチである。
しかし全く酔っていないと言うのは嘘になる。現に今まさに私は酔っ払いの失態というものを犯してしまったのだから。まさか自分の口からこんなに自然に『好きだ』という言葉が出てくるとは、驚きだ。

「からかってはないけど。それ、真面目に告白してきた女の子に言ったら普通は傷つくと思うから、やめたほうがいいよ」

言いながらウーロンハイを飲み干して、オヤジさんに熱燗を頼んだ。口寂しいので私も煙草をいただく。おつまみも何か追加するべきだろうか。
銀ちゃんを介して知り合ったこの人と飲みに行くようになってから、止めていた煙草をまた吸うようになったけれど、さすがにその偏食っぷりには共感できなかった。
黄色い液体をこれでもかと盛られた、イカ焼きだったか焼き鳥だったそれを見ていると胸焼けがしそうだったので、エイヒレも注文した。
土方さんはそんな私を見つめながら口を開き、何か言おうとしたけれどもぎゅうと唇を引き結び、そしてまた口を開いた。

「……真面目って、なんだ」
「え?」
「お前は真面目じゃねぇのか」

私と入れ違いのように煙草を灰皿に押し付けた土方さんは、さっきのまぬけ面とは一変して眉間に皺を寄せ恐い顔をしている。
私はどうやって答えたものか、少し悩んだ。
真面目に、というのは意を決して告白してきた子という意味であって、別に私がこの目付きの悪いマヨラー様を好きだという気持ちに関して言えば至極真面目である。ただ私は思わぬ形で告白、のようなものしてしまったので、一大決心でするそれとはまた別のような気もした。

「なんかつい言ってしまった」
「ハァ?なんだそりゃ」
「なんかこう、貴方があんまり美味しそうにマヨネーズを食べるもんだから」

それからムカつくくらいに格好良く煙草を吸うものだから。
いつもは仕事終わりだとか言って隊服姿のくせに、今日は珍しく時間があったとかで着物でやってきて、男のくせに妙に色っぽい鎖骨なんてちらつかせて、緊張感なんてまるでなく私の隣へ座って笑ったりなんかするから。
ちょっと酔っ払って俯いたその横顔があんまり愛おしくて、つい、言ってしまったのだ。

「言うつもりなんてなかったのに、畜生」
「畜生ってなんだよお前、」
「ほらあれだ、私別に付き合いたいとかじゃないから、大丈夫だから」

言うと、そわそわと次の煙草を咥えていた土方さんは口からぽろりとそれを落とした。
あらま、と屈んで床に転がるそれを拾い上げようとしたら、伸ばした手が煙草へ届く前に、腕を掴まれて阻止される。二人して身を屈めて固まっている様はきっとさぞまぬけというか不思議な体制だと思うのだけれども、顔を上げられなかった。多分すぐそばに土方さんの顔があって、私のことをじっと睨みつけてるだろうから。
大きな手から、じわじわと熱が広がって侵食されるようだった。

「お前は何がしてぇんだ」
「いや、なんかあれ、ほんとぽろっと言っちゃっただけだから。ていうか、離してほしいです」

ふうと息を吐いてからそろり、と離れていく手が、自分から言ったはずなのに名残惜しくなって目で追うと、顰めっ面の土方さんと目が合う。まだ身体を丸めたまま、こっちをじいと見ているので私は動揺してしまって危うく椅子から転げ落ちそうになった。

「……わ、忘れて」

絞り出した声は掠れていてみっともなかった。
土方さんは何か言いたげな顔をしたけれどもしかし言葉が出てこないらしい。一瞬視線を床へ落ちた煙草へやって、それからふと思い出したかのように、私の唇へ自分のそれを押し当てた。

「お前、人の話くらいちゃんと聞け、阿呆」

さらり、と黒髪を揺らして煙草とお酒の匂いが離れていく。
呆気にとられてその様子を見届けた私は、今度こそ本当に椅子から転げ落ちた。拾い損ねた煙草がぺしゃんこになったけれども今回ばっかりは許してほしい。




生贄は煙草一本で




161015


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