「やれ」
「嫌です」
「だからやれって」
「だから嫌ですってば」

かれこれこのやりとりを何回続けただろうか。なまえの目の前で不機嫌丸出しで腕組みする中原は一向に引く気配がない。かといってなまえの方とて引く気はなかった。

「絶っっっっっ対に嫌です!何故私が潜入を?!其れは銀が適任でしょう!」
「生憎銀は別任務で手が離せねぇんだよ。樋口も然りだ。残るは手前しかいない」
「だからってこんな……!!」

力の限り卓上へ叩きつけられた報告書には下品な笑みを浮かべた男の写真。言い渡された任務とはこの男に上手く取り入り愛人となって組織に必要な情報を収集しろと云うものだった。

「大体、情報が欲しいんならさっさと拐かしてサクッと拷問でもすれば良いでしょう!」
「其れができねぇから潜入って話になってんだろうが!!」

嫌です嫌ですと子供の様に駄々を捏ねるなまえに、中原はため息をつきながら頭を掻く。

「俺だってなぁ、反対したんだよ」
「…え?」

中原の思わぬ言葉になまえは喚くのを止めて顔を上げた。

「みょうじみてぇな色気皆無の女に愛人なんて到底無理だってな」

ピシリ、となまえの表情が固まる。
部下である自分を庇ってくれたのかと少しでも感動してしまった自分が莫迦だったと後悔した。

「い、色気がないって如何いう意味ですか」
「言葉のままだ。手前に欲情する男なんてまぁ居ねぇだろうな。居たとしても相当な変人だろ」
「わ、私だって男を欲情させる事くらい、朝飯前です!中原さんは知らないでしょうけれど、非番の時の私はそれはもう、」
「それはもう?」
「えぇと、」

ずいと中原が顔を近づけてきたので、なまえは思わず口篭り目を泳がせる。そんななまえの表情を見て中原の加虐心がむくむくと膨れ上がった。目の前の、気の強い部下が年齢の割に男性経験等相当に貧困であり色恋沙汰にも疎いことを、中原は十二分に承知している。

「其れはもう、何だよ?」

もう一度尋ねるとなまえはまた酷く狼狽えた。
距離を縮めてきた中原を見上げ、其れから俯き、「あ、艷やかといいますか、情欲的と…」等ともごもご云っているとするりと慣れた手つきで腰を抱き寄せられる。

「………え、ちょ、一寸、中原さん、」
「やってみろ」
「はぁ!?」

逃げようにもがっちりと腰へ回された中原の手がそれを許さなかった。予想もしなかった事態になまえの頭はパンク寸前である。

「あ、あのう、中原さん」
「何だ?」
「やってみろと云うのは…」
「だから、手前の云う情欲的な女をやってみろってんだよ」

顔が近い。なまえはおずおずと伏せていた顔を上げて中原の顔を見つめた。
何だ此の状況は。
目の前の此の人は自分の上司であり、恋人等と甘ったるい関係ではない。その対象ではない筈だった。中原にとっても、なまえにとっても。

「意味が分かりません。」
「手前がこの潜入に相応しいか如何か見てやるよ」
「な、ちょ、まっ、」
「待たねぇ」

押し返したつもりが中原は更になまえの腰を引き寄せて、自身の唇を、口紅も何も塗っていないその唇へ重ねた。なまえがびくりと体を震わせて身を縮こめる。
ぎゅうと瞑った目は微かに震える肩と相まって、酷く頼りなさげだ。何時もの勝気な女は何処へ行ったのかと、中原は少し笑いそうになった。

「…まっ、……ん、んん、っ」

ゆるい唇を暴くのはいとも簡単であり、逃げ回るなまえの舌を追い掛け絡め取るのも同様であった。吸い上げて舐め上げると面白いくらいに目の前の女はガクガクと脚を震わせる。腰が抜けたらしい。軽く押してやるとなまえは簡単によろけて、後ろの机へ乗せるのは容易かった。

「…な、にを、」

漸く離れた唇は唾液で濡れていた。それを拭う事も忘れてなまえは惚けた顔で息も絶え絶え、中原を見上げる。
その潤んだ瞳を見ると中原の背中はぞわりと泡立った。乱暴になまえの顎を掴むとぐいと自分の方へ向かせる。

「なかはらさん、」
「…俺も相当な変人らしいな」

なまえが驚いたように目を見開く。
ちょっと待ってください等と慌てる言葉は無視して、そのまま深く口付けた。




艶やかに濡れる




160904



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