二人で会う時に踵の高い靴を履くと、ユーリはいつもちょっとだけ眉を顰めて早歩きで行ってしまう。だからと言ってスニーカーなんて履いていくと色気のねぇヤツだなぁと言われるし、けれども雪の季節になればそんなことはさほど関係が無くなった。
レースアップのスノーブーツは温かい。路肩に集められて泥で汚れた雪を踏みつけながら、スマホをいじってユーリを待つ。そろそろ交差点の向こう側から彼がやってくるだろうかと視線をやったところで、見慣れた姿が信号待ちでそわそわしているのが見えた。

「練習お疲れ様」
「ん。」

日に当たればキラリと光る金髪は、今はフードに覆われていて見えなかった。
日本へ行った時に買ってきたという「めちゃめちゃお洒落」なトラ柄のトレーナーがコートの下からチラリと見えて、少し笑いそうになった。勇利くんがユーリの事をロシアンヤンキーと呼んでいたのを思い出す。氷の上のユーリは恐ろしく美しくてまさにロシアの妖精だけれど、一度リンクを降りればヤンキーそのものだった。それでも二人でいる時はぶっきらぼうでものすごく分かり難い割には優しい。
さり気なく道路側を歩いてくれているユーリに何が食べたいかと聞けば「お前は何が食いてぇんだよ」と返ってくる。寒いし何か温かいものがいいねぇ、なんて言いながらブラブラと薄暗くなってきた道を歩いた。

「ミラは元気?」
「相変わらずだな」
「ギオルギーは?もう失恋から立ち直った?」
「いや…あいつの今季の演技見たら引くぞ。ミラは爆笑してるけど」

新しいコーチがやってきてから、ユーリと過ごせる時間がかなり減ってしまった。今までは彼の家でご飯を作ってあげたり泊まることができていたけれど、コーチと一緒に住むことになってしまったので今はそれができない。必然的に会える回数が減ってしまって、今日も顔をあわせるのは久々だった。

手を繋ごうかな。繋ぎたいな。
そう思ったけれども、ポケットに突っ込まれたままの手を取るのは難しそうだ。かと言って手を繋ごうと言い出すのもなんだか気恥ずかしくて、冷えた手をもじもじさせながら、他愛のない話題を探してはユーリに話しかける。昼過ぎから止んでいたはずの雪がまたひらひらと降り始めて、辺りはしんと静かだった。

「ねぇ、ユーリ」

言いかけて、やはり恥ずかしさを超えられず、出しかけた手で薄っぺらいマフラーをぐいと鼻まで持ち上げる。怪訝そうな顔をしたユーリはこちらをチラリと見てから、不意にかぶっていたフードを外した。

「何だよ」

気がつけば目線が同じところまで来ていた。
初めて会った時は私の方がまだ背が高かったのに、成長期を迎えているユーリはぐんぐんと身長は伸びるし、顔つきや身体も変わってくる。一年前はこんな風に、じっと目を見据えられることもなかった。

「な、なんでもない」

不機嫌そうに顔を顰められる。
ユーリはこうして、私が何かを言おうとして止めるのをいつも嫌がる。
「なんだよ言えよ」「いや、本当になんでも」「ないなら話しかけんなよ」「ちょっと待ってそれはひどくない?」そんな感じで言い合いをしながら歩き続けると、目的地はもう目の前だった。そそくさと店に入ろうとすると腕を掴まれて引き寄せられる。
いつの間にこんなに力が強くなったんだろうか。そんなことを考えていると、ユーリのあまりに美しい顔が目の前にあって、くらりと眩暈がした。

「なまえ」

青白い肌はつるりと滑らかで、降り落ちた雪がユーリの鼻に当たってやんわり溶ける。私は息もできなくなって、きれいな形のくちびるが、私の名前をもう一度呟くのをただじっと見つめた。
吐く息が白い。ユーリが吐き出す息を見て思う。
白い息がゆらりと空中に消えていくのを見届けていると、ふ、とユーリと私の距離が縮まった。継いで後頭部を掴まれる。

「ユー、」

リ、と最後までは言えずに、私は目を見開いた。マフラーを口元に巻きつけたまま、その上からユーリの唇が押し当てられる。
少しの間を置いて離れていった彼の顔は、やはりロシアの妖精に違わぬ美しいそれだった。

「…手、冷たすぎなんだよ」

いつの間にか握られた手からじわじわと熱が伝わってくる。頭のてっぺんから足の小指の先まで、甘ったるいシロップで満たされたような気分になりながら、耳まで赤いユーリの背中を追って、美味しい匂いのする店へと歩を進めた。





吐く息さえも交われば




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