いつもより少し量の多い仕事を何とか片付けて、指定された場所へと小走りで向かう。
橋の欄干に身体を預けた銀ちゃんは、白と黒で覆った身体をゆらゆらと揺らしながら、所在なさげにそこへ立っていた。
「銀ちゃん」
名前を呼べばだるそうにこちらを振り返る、その視線に、走ってきたことがばれないようにと祈りながらふぅと息を吐いた。
「おー、来たか」
「珍しく早いね」
「おまえが珍しく遅いんじゃねーの」
憎まれ口を叩きながらも歩き出した銀ちゃんはわたしのペースに合わせるようにしていつもよりゆったりと歩く。ちらりとその横顔を盗み見ると、相変わらず面倒臭そうな顔をしながらガシガシと頭を掻いていた。
「今日は?銀ちゃん忙しかったの?」
「いやもー何つーかめちゃくちゃ忙しかったわ今日は。でもまぁなまえちゃんとの約束があったから銀さん頑張っちゃったよ」
「ああそう」
大方今日も万事屋は閑古鳥が鳴いていたであろうことは容易に想像できたけれど、銀ちゃんがそんな風に言うので気の無い返事をしておいた。
「今日はねぇ、焼き鳥が食べたい」
「おっいいねぇ」
わたしと銀ちゃんは飲み屋で出会った。お互いに酒好きで、酔っ払っていたこともありすぐに意気投合、それから時々こうして二人で待ち合わせては飲みに行く。
「それでさぁ、怒鳴った課長の頭からするってズラが落ちてさぁ」
「マジで?色んな意味でこえーなそれ」
「ものすっごい氷河期が訪れたよ」
ヘラヘラと笑いながら他愛もない話をして、同じようなペースでお酒を飲む。
銀ちゃんの話題といえば大抵万事屋の従業員の愚痴とか、スナックお登勢のママの愚痴とか、仕事の依頼が全然来ないとか、そんな感じの話ばかりだ。わたしの方はといえば、銀ちゃんとさして変わらず職場の愚痴がほとんどだった。
わたしと銀ちゃんの間に恋愛話が出たことは、未だにない。
「ほらほら銀ちゃん全部吐いた?大丈夫?水飲む?」
「おぇぇぇ、気持ぢわりぃ…」
背中をさすってあげながらわたしももらいゲロしそう、と呟くと、銀ちゃんは「お前も吐け吐け」なんてふざけてにやにや笑った。
酔っ払いが二人、もうとっぷり日の暮れた道を歩く。どんなに酔っ払っていても銀ちゃんは必ずわたしを家まで送ってくれる。
「なまえ、」
ふと名前を呼ばれてお酒のせいでぼんやりした意識の中で顔を上げると、少し前を歩いていた銀ちゃんが、ん、と左手を差し出した。ゆっくりその手を取ると、ぎゅうと握り締められる。
わたしたちは帰り道、時々こうして手をつなぐ。恋人同士みたいに指を絡めるそれじゃなくて、お母さんと子供がはぐれないようにするみたいな。
ゆらゆらとおぼつかない足取りで銀ちゃんの斜め後ろを歩く。暗くてもその銀髪はぼうっと光ってるみたいに、明るい。多分手を離しても、迷子になんてならない。
「ぎんちゃん」
呼べば振り返ってくれるし返事するみたいにぎゅうと手を握ってくれる。
銀ちゃんが手を握りしめるたびに、わたしの心臓も一緒にきゅうとすこし苦しくなる。
「うちで寝てったらいいのに」
「…なまえちゃん、銀さんはこの見た目の通りものすごーく紳士だから、そんなことしません」
「そんなことって?」
聞き返すと銀ちゃんは立ち止まってわたしの方を見た。
わたしはといえば、急に銀ちゃんが足を止めるものだから意に反して顔を突き合わせることになって、思わず二歩、後ずさる。
「…酔ってんの?」
「たぶん、銀ちゃんと同じくらい」
「ばか、おめー、俺は酔ってねぇよ」
「じゃあわたしも酔ってない」
「おまえなぁ…」
銀ちゃんが空いている方の手で頭を掻く。
「そんなことって?」ともう一度聞けば銀ちゃんはじぃとわたしを見つめた。見慣れた酔っぱらってる時の顔よりも、幾分か、真剣そうな表情で。
「ぎんちゃん?」
気づけばグイッと手を引っ張られて、アルコールとそれから甘ったるい、銀ちゃんの匂いでいっぱいになっていた。さっきまで頭を掻いていたその手はわたしの腰のあたりに回されていて、思わぬ密着にドクドクと心臓がうるさくなる。
「…こういう、こととか」
耳元で銀ちゃんの声がする。
酒臭い。はずなのにちっとも嫌じゃないし、ちっとも離れられそうにない。
驚いて酔いが覚めたような気がしたけれど頭はぼぅっと熱いままだ。
「…まぁ、あとはもっとすごいこと」
銀ちゃんがそう続けて、わたしの首筋に顔を埋める。熱い。のぼせそうだ。
「人が今まで我慢してたのにそんなこと言うんだもんなぁ、なまえちゃん。覚悟できてる?銀さんもう紳士でいる余裕ないよ?」
さっきまで道端で吐いてた酔っ払いは何処へやら、すこし体を離してわたしの顔を覗き込んだ銀ちゃんは、どうしようもなく意地悪に笑って、わたしの指に自分のそれを絡ませた。
まるで陳腐なラブロマンス
160914
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