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織田作之助と名乗った其奴に抱えられ連れてこられたのは、私の予想のどれとも違って、いかがわしい匂いなど寸分もしない普通の居酒屋だった。ころりと丸い林檎の様に可愛らしい気のいい女将さんと、鬼瓦の様な顔をした無骨な大将に出迎えられて、あれよあれよという間に私は其処で働く手筈になっていた。女将も大将もまるで父母の様に優しかった。

「絶対風俗に売られると思った」
「生憎ちびっ子に紹介できるのは此処位だ」
「ちびっ子じゃないやい」

べっと舌を出すと肩にも届かぬ背丈の私の頭をぐりぐりと撫でて、ちょっと意地悪そうな顔をする。大将と女将さんに宜しくお願いしますと告げて出て行く背中に「織田作ってちょっと変だよね」と言うと女将さんがころころと笑って、大将は何故だか嬉しそうな顔をしていた。
「お前はそっちの方が似合う」織田作は時々店に顔を出して、私がくるくると働くのを眺めてはほんのすこぅしだけ目を細めた。


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「織田作、いらっしゃ、」
「やぁ今晩は」
「……いらっしゃいませ」

織田作は大抵一人で来るけれど、その日は後ろに太宰というひょろ長い男を連れていた。全身にぐるりと包帯を巻いて、長い外套を羽織った男は裏社会の血腥く黒々とした匂いを漂わせていたので、意気揚々と織田作を出迎えた私は瞬く間に気持ちが萎んで徐々に締め上げられていく様な気分だった。織田作は私と会ったあの日に「俺は最下級構成員だからな」と言っていたけれど、今その後ろに立っているのは同格という訳ではないらしい。
にこにこと笑う太宰といつも通りのカウンター席へ座る織田作に酒を出すと、太宰は上から下まで私を眺め回した後「成る程」と意味深な言葉を吐き出す。

「いやぁ織田作、真逆こんな所に愛人を囲っているとは」
「あっ、愛人って…」
「最近彼処へ来る回数が減ったなと思ったら、コソコソこんなところへ通っているんだもの」

へえとかふうんとかを繰り返しながら、太宰は私の手をとって「名前は?」と聞いた。「なまえ」手首からも包帯をチラチラとのぞかせる指の長い手が思いの外に冷たくてぎょっとした私は、助けを求めようと織田作に視線を送る。「…太宰」漸く口を開いた織田作が諌める様な声を出したので、太宰はおやっという顔をして私を解放した。

「君幾つ?」
「十八くらい」
「へぇ!」

どういう意味だか一寸目を丸くした太宰の睫毛は長く、軽く伏せられたそのかんばせはどうにも美しかった。恐ろしいものはどうしてこうも美しさを感じさせるのだろうかと思う。
並んで座る織田作は太宰よりもずっと普通に近い様な気がしたし、無精髭を生やした横顔は美青年とは呼び難かった。しかし私は精悍、という言葉の方が似合いそうな織田作の顔が好きだった。

「織田作、何を食べようか」
「俺は何でもいい」
「なまえちゃん、お勧め有るかな?」

気心の知れた風に言葉を交わす二人は立場など無関係の友人らしく、太宰が人懐こく話し掛けてくるので、私は何だかほっとしてあれやこれやと肴を勧めた。

「織田作ってやっぱりちょっと変だよね」

言うと、精悍な顔を少しだけ柔らかくして、織田作はふ、と短く息を吐いた。


161029

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