幸福という言葉の意味
片手に缶ビール、もう一方に箸を握りしめたままテレビにかじりつく。せっかく作ったツマミは冷めつつあったが一死満塁、得点のチャンスだ、仕方ない。そう自分に言い聞かせて試合をじっと見守る。
そんな展開もひと段落付きCMに入った所で、箸を携帯に持ち変えて天気アプリを起動させる。今週末の天気を確認するとどうやら快晴のようだ。次にメッセージアプリを起動させて、ささっとメッセージを送る。
返事は今日中にあればいい方かなーなんて思っていたら、すぐに机の上で携帯が暴れ出した。
『なんで?』
味も素っ気もない返答だ。まぁ送ったメッセージは集合場所と時間、それに次の土曜出掛けよう!の一言だけだからあまり文句を言えたものじゃないけれど。
『そんな気分だから!』
まさにその一言に尽きる。そんな返信なのだから更なる返答はなかった。これが日曜の夜の話。
***
「方美ちゃん、おはよう!」
「おはよ。で、ナマエはそんな大荷物で俺をどこに連れて行くつもり?」
「それは着いてからのお楽しみー。さ、行こう!」
結局、出掛けるとの返事がきたのは金曜の午前中。急いで準備して迎えた土曜日は予報通りの快晴だった。
待ち合わせ場所である私の最寄り駅に方美ちゃんは何をするでもなくただ立っていた。周りは携帯を覗き込んでいるのか下を向いた人ばかりなのでやけに目立つ。背が高い上にやたら姿勢が良いからだろう。
そんな方美ちゃんは私の姿を見て明らかに怪訝な表情を浮かべ不信感を顕にしていた。
大きめのリュックと手にはこれまた大きめの保冷バッグ。少し重いが言うほど大荷物ではないと思う。
場所と目的を言うと今からでも断られそうな気がしたので、結局秘密のまま電車に乗り込んだ。
電車は割と人が乗っていたが座れないこともない。一人分ずつ離れたところが空いているがその内のひとつに座るべきか。
一緒にいる人がいるのにバラバラに座るのもなぁ、と考えていると後に立っていた方美ちゃんに軽く押された。
「早く座ったら?そんな荷物で立ってても邪魔になるだけでしょ」
「方美ちゃんはあっちに座る?」
「立っとく。離れた所にいたらナマエは一人で降りて行きそうだし」
「いやいやいやいや、さすがに方美ちゃんを忘れて降りないよ!」
半ば強引に座らせられて異を唱えるが、つり革を掴んだ方美ちゃんは信じてないって表情をしている。失礼すぎる。
そんなやり取りの後は、それ以上の会話はなくただ無言で目的地に着くのを待っていた。
会話はないけれど気まずい訳ではなく、淡々と時を共にする。ペアを組んでいた時もこんな雰囲気だったな、と思い出しては昔と変わらない事に思わず安堵している自分がいた。
「もしかして今日の目的地って公園なのかよ」
「正解!」
「何させるつもりだよ……」
電車を降りてから歩き始めてすぐに方美ちゃんが問いかけてきた。答えがどうやら不満らしい。まぁ確かに休日で人の多い快晴の公園なんて方美ちゃんは絶対に寄り付かないだろう。
そんな様子の方美ちゃんを無視して、ずんずん進んで公園内に入ると早速木陰の良さげな場所を発見した。
少し遅い到着だったので日光に晒され続ける事を覚悟していたから運が良い。
「はーい、じゃこれ持って」
リュックで一番かさばっていたレジャーシートを取り出して片側を方美ちゃんに持たせて広げる。
視界のほとんどに空を映して寝転んでいると本当に気持ちがいい。大きいかなと思いながらもこのサイズを買って正解だ。
そう思っていると隣でドカッと座る音がした。
顔をそちらに向けると青空をバックに方美ちゃんがいる。なんか不思議な光景だ。
「日向ぼっこするために俺を呼んだわけ?そんなの一人でやってりゃいいだろ」
「日向ぼっこというかのんびりするのも目的だったけど……一番の目的はコレ!」
起き上がってリュックからグローブ二つとボールを取り出す。重くはないけど軽くもない。けれどやっぱりかさばる。
大きなリュックになったのはこういう理由だった。
「マジかよ……やっぱ来なけりゃ良かった」
「場所と目的言ったら絶対に断られると思ったんだよね」
「正解。分かってたら絶対来なかった」
言いながらグローブを渡すと方美ちゃんの眉間には盛大に皺が寄っていた。あちこちから楽しそうな声が聞こえてくる公園には何とも不釣り合いな表情だ。
「キャッチボールやりたくなったんだけど、一人じゃ出来ない事だから……」
グローブをはめて感触を確かめるように開いたり閉じたりしていたが、そっとグローブを外す。
そもそも方美ちゃんがキャッチボール出来るかも分からないし、何も言わずに連れてきたのだから文句は言えない。
ここは早々に気持ちを切り替えて、もう一つの目的を果たすべきだろう。そう思うのだが中々顔を上げられず言葉じりを濁してしまう。
すると、腕を掴まれたと思った瞬間すっと立ち上がっていた。不思議と掴まれた腕は痛くない。どうやったんだ、と顔を上げると方美ちゃんが不機嫌そうなまま私の腕を掴んでいた。
「きちんと聞かなかった俺も悪いんだけどさ、次からは何するか事前に言って」
「はい……ごめんなさい」
「で、今日のナマエの目的はコレだけ?」
「あとは……天気が良いから外でご飯食べたい……です。てか、食べようと思ってお弁当持ってきたんだ」
「もしかしてナマエが作ったの?」
「うん!私が作ったよ」
方美ちゃんは目を見開いていた。声には出していないが疑っていることが明らかな表情だ。
「方美ちゃん失礼すぎる。料理は得意なの!栄養については資格持ち!」
そう声を大にして訴えていた隙に方美ちゃんの手は離れていて、代わりにグローブを渡された。
「じゃあ早く弁当食うぞ」
言いながら距離を取るべく方美ちゃんは歩き出した。手にはボールを握っている。
なんだかんだ言って方美ちゃんは優しい。文句を言われるのは予想していたし、結局付き合ってくれるだろうなと私は甘えていた。
だからお弁当を作ってきたのだ。一人暮らしの方美ちゃんはきっと食べ物に無頓着で、一人の食べることが多い……はず。
口に合うかはわからないけれど、楽しく食べられたらそれでいいかなと思う。
願わくば子供の頃の好物が今も好きでありますように。昔の記憶が間違っていませんように。
投げられたボールをキャッチして投げ返す。交わす言葉は少なく淡々とキャッチボールは続く。
わざと高く投げるとジャンプして見事にキャッチした。したり顔を向けてきた方美ちゃんはわりと楽しそうだ。
澄んだ空気に青い空、太陽が芝生に少しだけ私達の影を作る。全てが美しく見えて現実なのか疑いたくなるほどだった。