当事者はおいてけぼり


「お疲れ様です。再来月の予定出来たので持ってきました」

オペレーター室で頼まれていた資料の整理をしていた時に扉の開閉音に続いて軽やかな声が聞こえた。あの声はナマエさんだ。広報部隊が結成された時にオレたち付きとなったほぼマネージャー化しているメディア対策室の一般職員のお姉さん。
声がしたもののオレはこのバラバラに散らばった紙の資料を選別するので精一杯で。悪いがナマエさんのことは作戦室の方にいる嵐山さんに任せることにする。
なのに一向に会話が聞こえない。不思議に思って作戦室の方に首だけ向けてみたが、その行動をオレはその後めちゃくちゃ後悔した。

「毎日お疲れ様」

そう言ってナマエさんは嵐山さんの傍に両膝を付いてしゃがみこんで艶やかな黒髪にそっと手を置いて滑らせていた。嵐山さんはソファに姿勢よく座ったまま腕を組んでうたた寝しているようで、首だけガクンと下に向いている。

「明日も頑張ろうね」

名残惜しそうに手を離したナマエさんが立ち上がった瞬間、目が合ってしまった。ナマエさんがひゅっと息を呑んだのが分かる。俺はなにも悪いことはしていないのだが、何だかいけないものを見てしまった気がして慌てて目を逸らしてしまった。
オペレーター室に近付く足音がしたかと思えば、次いで背中側から声が聞こえる。声が小さすぎて聞こえず振り向こうとすれば、こっちを見ないでと言われてしまう。

「何も見てなかったことにして。お願い、します」

いつも凛としハキハキと話すナマエさんからはかけ離れた弱々しい声は何だか心臓に悪く、妙に心拍数が上がる。はい!と返事をすれば声が大きいと怒られてしまった。理不尽だ。
それからナマエさんは気を持ち直したのか、いつもの様子で隊室にきた目的を果たしていく。その時にはもう顔を見ても怒られなかったが、変わらず声は小さいまま。

「これ各自の暫定スケジュール。渡しといてもらえる?いつも通り都合悪いものは私にメッセージくれたら調整するから」
「了解です、頼まれました!」
「佐鳥くんありがと。よろしくね、色々と」

色々という部分を強調してナマエさんは隊室を足早に出ていった。思わずふーっと大きく息を吐き出してしまったが、次の問題が待っている。作戦室に行ってみれば、先程と変わらず嵐山さんは腕を組んで眠り込んでいた。

「嵐山さん、それ狸寝入りでしょ?バレバレですから」

ナマエさんが来るちょっと前までオレと話してたんだから間違いない。仮に本当に寝ていたとしてもさすがに寝入り端に触れられれば目は覚めるはず。そんな経験ないから知らんけど。
とにかく問いかければ嵐山さんは勢いよく頭をあげたので正解だったというわけだが。

「ちょっと整頓するから時間をくれ」
「俺は何も見てないし、何も知りません」

額に手を当て天井を見上げる嵐山さんに向かって言うが耳に入った様子はない。ようやく落ち着いたかと思えばひどく真面目な顔をして俺に正面に座るように促してきた。

「さっきのは何だったと思う?」
「だからオレは何も見てないですってー!」
「賢じゃないよな、触ったの」
「女の子相手ならまだしも嵐山さんにするわけないです」

しゃあやっぱりナマエさん?と呟く嵐山さんの表情は完全に緩んでいて見ているこっちが恥ずかしい。
嵐山さんもナマエさんも全てにおいてデキル大人だと思っていたが、こと恋愛面においてはオレの思い違いだったようだ。まだ同級生のやつらの方が大人な付き合いをしている気がする。
あんな些細な事で二人してテンパってるなんて……正直羨ましい。今後、甘酸っぱい雰囲気を二人から勝手に感じ取ってしまいそうなので早々に落ち着くとこに落ち着いてほしいと切に願うが、オンとオフがしっかりしている二人が進展することはなさそうだ。
ここはオレの出番かなとも思うけれど、正直どうしていいかわかんないのでとっきーにこっそり相談しよう。