冷めてる彼女が熱くなる話

「バレンタインにチロルチョコて…」
大きな手のひらにちょこんと置かれた小さいチョコを部屋着でさらにヘアバンドをしながらこれでもかと言うくらいしかめっ面をさせながらホークスが私に見せつけている。
今日は珍しくホークスは休日。
なんでも「バレンタインくらいは名前さんと過ごしたい!」という本人の熱い希望があり、昨日バレンタイン前に山盛りにあった事務処理などはすべて終わらせてまっすぐ家に帰ってきた。
……お土産をたくさん持ってきて。
「文句を言わない。ハロウィンとクリスマスは大出血サービスしたでしょ。それで我慢してよ」
えぇ…とぶーたれながらしょんぼりと下がっていく羽を私は横目に見た。
「私は作っても構わないけど、この大量にあるチョコと私の作ったチョコが全部食べきれるって保証できる?」
私が部屋の隅に置かれている包装がやたらと豪華な大量のチョコに指をさすとホークスはうっと喉を詰まらせチラリとみてはふいっとチョコとは逆方向に目を逸らした。
この大量に送られてきたチョコには私も流石にため息がでた。



ことの発端は些細な物だった。
先月、主に男性ヒーローとのコラボの多いメンズ香水店からバレンタインに向けてホークスに香水の広告ポスターのモデルになって欲しいとの依頼が来た。ホークスは軽い気持ちでいつもくるものと同じものだと思い依頼を受けた。いつも依頼を受けてる広告ポスターに写ってるホークスはシックなものが多く過激なものは意外とあまりない。仮にも彼はヒーローだし、もしそんな注文が飛んできたとしてもだいたい事務所が断っていた。
撮影当日、パトロールを終えてあいている時間にホークスが撮影日に現場に行くと、当日に来るはずだった撮影監督が来れなくなり代役できた監督が突然計画していた撮影の内容の変更をおこなった。撮影の雰囲気など内容は聞いていたものとはまったく違うもので、かなりきわどい内容にホークスも断ろうとしたけれど、すでにポスターの発行日時の決定やモデルになる新作の香水の発表も間近に控えてることからしぶしぶ断ることができなかった。撮影を終えて家に帰ってきたホークスはどこか気まずげで撮影どうだったという私の質問に対しても空返事ばかりだった。
そして、ポスター公開の当日に私はSNSに出ていたホークスに目を見張った。
画面の中のホークスは半裸になり香水を片手で持ちながら流し目でカメラの向こうで不敵に微笑んでいた。彼の自慢の赤い翼は黒の背景によく映えていて、小さい赤い羽がひらひらと散りばめられていた。
なんともまぁいやらしいというかなんというか……そりゃあ女性はみんな釘付けになりますよねって感じのものだった。しかも海外に複数の店舗を持っている会社だったため、ポスターは日本だけでなく世界にも広がり、初めてホークスを見る海外の女性のハートも鷲掴みされてしまった。


その結果、例年にも増してホークス宛のチョコが大量に送られてきた。
海外の女性は日本にはバレンタインの日に異性にチョコを贈る文化があると調べたのか、日本では食べられない海外のチョコが山盛りに届いた。


「それにしても、本当にこの量どうしようか…」
「いやぁ、無理にでも断るべきでしたね」
困り顔をしながら頬を掻いているホークスに対して、私はめずらしくモヤモヤとしたものが胸の中でつっかえていた。
このポスターの公開直後、通勤の時電車で女子高生達や同じ社会人の女性もそこかしに広がっている話題はだいたいホークスだった。職場でもホークスを中心とする話題があり、ほとんどの女性の職員はホークスに釘付けだった。
上半身裸で、香水を手に持ってカメラの向こうで微笑みながらウィンクとか…。
そりゃあホークスはかっこいい。正直、自分が彼女というにはあまりにも勿体なさすぎるくらいに。
もちろん今回に関していえば不可抗力だったし、仕事っていうのはわかってるよ?わかってるけどね…。

ソファーに座りながらむすっとスマホの画面に映っているポスターのホークスを眺めていると、横からひょこっと本物のホークスが見ている画面を見るとなにやらニヤニヤした顔で私を見た。
「名前さん」
「なに」
「もしかして妬いたりしてます?」
「はぁ?」
威圧を込めて発すると「すみません」となんとも情けない声で私に謝ってきた。謝るくらいなら初めから揶揄わないでほしい。

「まぁ、日本以外のチョコが食べられるのは得だよね。誰かさんが世界中の女性にもモテモテなおかげで普段から食べられないものが食べられるわけだし」
「…そうですねえ。俺も海外の綺麗な女性にチョコを貰えて嬉しいですよ。あのポスターやってよかったです」
いつもならこんなことも言わないはずなのに拗ねた子供のようにイライラが止まらなかった。そんなあまりにもトゲトゲしい物言いをする私にさすがのホークスもカチンときたのか、作り笑いをしながら煽るような口調で返された。

言いすぎたごめんくらいは言えたのに、久しぶりに聞くホークスの冷ややかな声に胸が痛んだ。

「…なら最初からその持ってるチョコで十分じゃない。私が作ったものでなくても満足できるんでしょう」
ソファーから立ち上がりスマホや財布などの貴重品だけをカバンの中に詰め込んで玄関へと向かった。その動作に驚き慌てた様子のホークスが私を追いかけるも「ついてこないで」と力を込めていうと追いかけてこなくなった。







あれから数時間、私は頭を冷やすことに専念するため街をフラフラと歩いてはいるもののこの憂鬱感がどうしても拭えないまま時間がすぎていった。ホークスがせっかく休みの日を作ってくれたのに、こんなくだらない理由で怒るなんて恥ずかしい。あんなのただの八つ当たりだ。帰ったら必ず謝ろう。
あまりの自分の子供じみた行動に肩を落としているとふと目に映った喫茶店のデザートメニューに心を惹かれ入っていった。たまには気分転換に外で食事をするのも悪くないと思い店に入り席に座る。
メニューを見ながら何にしようと悩んでいると、後ろの席に座っているビジネススーツを着た若い男性二人の話し声が耳に入る。人が少ないというのと近くの席だったというのも相まって会話が鮮明に聞こえた。

「なぁ、この前のあのホークスのポスター見たか?」
「あぁ、あの香水店のやつだろ。ヒーローなのにあんなしょうもないことやって良いものかね。本業そっちのけでモデルっておかしな話だよな」
「だよな。支持率上げたいためかは知らねえけど、あんなチャラついたやつが俺らより給料もらえてるって考えると腹立ってくるぜ」
「その代わり命懸けで俺たちパンピーを守ってくれるのはありがたいんだけどな」

そんなこと言ったらオールマイトだってジーニストだってやってるじゃない…。
心の中でいう私の声なんか聞こえるわけもなく、彼らのホークスに対する中傷は終わらなかった。彼らにとってはただの世間話ではあるものの内容が内容だったせいか小声で話している。
彼らが話していることに耳をすませていると喫茶店の店員が注文の確認をしにきた。私は話の内容に夢中になりすぎて、適当に指をさしたものを頼むと訝しげな顔をして店員はお冷とおしぼりを机に置くと一礼してすぐに厨房へと戻っていった。

ホークスの個性は事件のものによっては直接本人が行かずとも彼の赤い羽が飛んで来れば瞬時に事件が解決され人々を安心させてくれる。もちろん大きな事件になればホークスが直接向かわなくてはならないものも少なからずあるし、家に帰ってきた彼の翼が極端に小さくなっていたら危険な任務に当たっていたのだろうと容易に分かってしまう。

「ヒーローが暇を持て余す世の中を作りたいんです」

いつの日だったか、夜食をつつきながら静かにホークスが言っていたことだった。
ヒーロー“ホークス”の目標。
これを知っている人はごく僅かでしかない。
それもそのはず、メディアでホークスが自分自身のことを語ることは滅多にない。好物やハマっているものなど、どうでもいい情報は語るものの真面目な話をしたことはあまりない。だから世間一般から見るホークスのヒーロー像は優秀ではあるものの、その若さと顔の良さゆえか羨望とともに妬みの対象になることもしばしば。さらに時としてホークスも人を揶揄いながら煽ったり、子生意気な態度をとる一面があるため苦手意識をする人もいる。それら諸々もあり、ホークスに対する誹謗中傷も少なくはない。
彼はそのことについてなんとも思っていないように見えるけれど、私としては好きな人のことを悪く言われていい気分にはならない。
ホークスの話題から仕事の愚痴に変わり仕事の時間になったのか、彼らは店を出て行った。

あまり聞きたくない会話を聞いてしまい深いため息をつくと「お待たせしました」といって店員が置いてきたものにギョッとした。
にパフェ用のスプーンが二本と小さいチョコケーキがのせられた山盛りのチョコパフェとハート模様に作られた二人用ストロー刺さっている大きなジョッキに大量に注がれたジュースが目の前に飛び込んできた。
「えっ!これ、なんですか」
冷や汗をかきながら店員に聞くと困惑した表情をして「お客様がご注文した品になりますが…」というとメニューに『バレンタイン限定 二人分の超特大チョコパフェ&特大ジュース!』と可愛らしいポップが書かれてあるところに指をさした。どうやら適当に頼んだものはそれだったらしい。今更キャンセルするのも申し訳ないので私は「あ、そうでした。すみません」と苦笑しながらいうと、状況をなんとなく察した店員は申し訳なさそうな顔で一礼をし他の客の注文を受けにいった。
二人用…というところでとても虚しい気持ちになりつつも、気合をなんとか入れパフェ用の小さいスプーンでどう食べようかと思案しているとカランカランと客が店に入ってく音が聞こえた。先ほど出て行った人たちみたいな客でないといいなと思いながら生クリームをつつくと、私の好きな声が耳にはいった。
「それ、一人で食べられるんですか」
呆れながらいう彼に私は返す。
「食べられなくもない、けど、一人で食べるには寂しすぎる…かな」
「二人分ですもんね。しかもカップル仕様ですし」
クスクスと笑う声に自然と私の口元も上にあがっていく。
「…こんなところにいて大丈夫なの。スキャンダルとかいろいろ」
「貴女はそんなこと気にしなくて大丈夫です。まぁ名前さんが気にすると思ってそこらへんに羽を飛ばしてるんで安心してください」
先程までの出来事がまるでなかったかのように向かい側に座るホークスに謝ると「最初から怒ってないですよ。むしろ拗ねてる名前さんが見れてラッキーです!」となぜか嬉しそうに答えた。
「でも返し方が不味かったですよね。俺の方こそすみません」
「いや、ホークスはなにも悪くないでしょ…。私が勝手に怒っただけだし、それに」
会話を続けようとする私の唇にホークスがちょんと人差し指を押し付けた。
「はい。この話は終わり。お互い悪かったってことでいいでしょ」
彼はニコリと笑って「あ、俺一度やってみたかったんですよ!こういうストローで一緒に飲むやつ」とワクワクさせながらストローに口をつけ上目遣いで私にもやって欲しそうに訴えてきた。
たまにはバカップルっぽいものもいいか…。
そう思った私はもう片方のストローを加えジュースを飲んだ。少しばかり恥ずかしい行為に頬を赤くそめていると、ホークスも同じ気持ちだったのか照れくさそうに飲みはじめた。半分くらいまで少なくなったところでお互いストローから口を離すと「本当にやってくれるとは思いませんでした」と頬杖をつきながらホークスは耳を赤くして店の外の景色に目を向けた。
「たまにはいいかなと思って…」
「はぁ…そういう可愛いことやられると困るんですけど」
流し目でうっとりとした顔をこちらに向ける彼にドキッと高鳴った胸を誤魔化すために小さいチョコケーキを独り占めしようとすると案の定「あ!ずるいです!!」といってきたので半分こした。
いつもの日常が戻ったようで心が温かくなった。


うん、やっぱり私はこっちのホークスが好きだなぁ。





ちなみに、あの大量のチョコはそのまま食べたり溶かして別のデザートにしたり工夫をしてはいたけれど、しばらくの間私とホークスのおやつはチョコまみれになり少しチョコが嫌いになりかけたとかならなかったとか。
あと、私は知らなかったけれどあのチロルチョコはしばらくホークスが自分の事務所に置き、保存をしていたらしい。けれど、事情を知らなかったサイドキックが食べてしまいその日のホークスの機嫌はたいそう悪かったそうだ。

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