・関西弁は調べながら書きましたがおかしいところがあるかもしれません。ご了承ください。
・だいぶ前に書いたものなので設定とかは捏造。矛盾あるかもしれません。
・少しだけ性描写あり。
司書は人間ではない。
文豪と同じようにヒトの器を用意し、そこに生命をねじ込んだ意志を持つ人形である。司書がそれを知ったのはこの世に生まれ落ちてすぐのこと。誰に教えられたわけでもなく、ごく自然に。
再び生まれ落ちたのは、あまりにも突然だった。父は、司書の顔をみることなく、すでに事切れていた。
肉塊と化した醜い父の姿を尻目に、司書は自分の記憶を辿った。はじめは母の腹から生まれたとき。次は赤ん坊、幼稚園、小学生……そこで司書の記憶は途切れている。
どうやら自分は小学生あたりの年齢で死んだらしい。記憶の片隅で母が棺桶に縋りつきながら泣いていて、父はそれを呆然と見つめている。
ふと疑問に思った。なぜ死んでからの記憶があるのだろう。
司書は肉塊に目をやってから、一糸まとわぬ姿で両腕を擦った。ぶるりと震える。寒い。この部屋はとても冷える。
そういえばここはどこだろうか?
辺りを見渡せば、白い冷気が部屋を包んでいる。まるで冷蔵庫の中にいるみたいだ。司書がそうぼんやりと考えたとき、背後から声が投げかけられた。
――――ああ、とうとうやってしまったか。ならその役目は娘に引き継がせるしかない。
司書は声の方を振り向く。そこには黒い猫と一人の男が、感情が読めない顔つきで司書と、そしてかつて父と呼んでいたそれを、交互に見下ろしていた。
誰だ。わからない、知らない、記憶にない。司書がただ唯一わかるのは四つの視線は同情と憐れみで染まっていることだけであった。
司書の古い記憶はそこで終わった。次に新しい記憶が作られはじめたのは「錬金術師」として名を与えられ、自分と同じように文豪を転生させよと命じられたときであった。
そして黒髪の長い髪と赤い目が美しい男が作られたとき、司書は母のように笑った。
「はじめまして、ようこそ」
彼女の顔に収められたガラス玉のような瞳には細身の優男が映っていた。司書は笑いがこみあげるのを、きゅっと唇の端で留め、聖母のように優しく眼を細めた。
*
最初に転生させたせいか、織田と司書が互いに求め合うのにそう時間はかからなかった。
先に好意を寄せてきたのは多分織田で、それに応えたのは織田に熱く見つめられたときであった。熱を孕む織田の赤い瞳。どきどきと心臓が跳ねて、気がついたら織田と口づけを交わしていた。
好きという感情に戸惑いはなかった。どこかで知っていたような、懐かしい感覚があったからだ。
そこで司書は、はたと思い出した。自分も、文豪と同じ存在であると。
そうだ、忘れていた。自分はアルケミストとして文豪を束ね、侵蝕者を排除する任務を与えられたのだ。そして侵蝕者を根絶やしにした暁には、自分の役目は終わり、この体は「破棄」される。
だがしかし、いまの司書はそんなことどうでもよかった。織田に好意を寄せられているということで、頭がいっぱいだったからだ。
生前の記憶が戻ってきたのか、それとも人に愛されるという喜びからか、全身がふるふると戦慄いて心がぎゅうっと締め付けられた。
司書の父は娘の魂を黄泉の国から盗み、この体に入れた。それは司書が文豪を転生させるときと同じ方法。同じ存在だからこそ、織田と司書は惹かれあった。
誰かに砂糖でもぶち込まれたのではと思うくらい瞳を蕩けさせた織田の目に、幸福が湧き上がってくるのを、司書ははっきりと感じた。
いちごジャムみたい。
織田の目を見てそう思った途端、急に舌が甘くなった。味覚の錯覚だとわかっていても、その甘さを追いかけたくて、乾いた唇を少し噛みながら口内に巻き込んだ。ほんの少しだけ、自分の舌が甘いような気がした。
司書は唇の端に笑みをのせて、織田の胸にうっとりとしなだれる。名を呼ばれ、司書は顔を上げる。赤いガラス玉に魅入られながら、織田の口づけを受け入れた。
織田の体は細い。もともと体が弱いせいだろうか。肉があまりついていない。本人は多少気にしているようだが、司書は織田の細い体が好きだった。
浮き出る肩甲骨からは本当に羽が生えてきそうで、つい指で撫でて、確かめてしまう。
「こしょばい」と体を捻る彼だったが、司書はこしょばいの意味が分からず織田に訊きかえした。
「くすぐったいって意味や」
司書の首に顔を埋めていた織田が、耳たぶに唇を這わしながら答えた。
耳に吐息がかかり、司書も思わず「くすぐったい」と織田の肩を叩こうとしたが、体内に収まっていた物が緩やかに動き出したせいで、司書の手は織田の肩に縋りつくように掴んだ。
司書の唇から吐息が漏れる。そのうち、自分の口から意味のない母音しか発せられなくなると、司書は織田の首に手を回し、赤い瞳の目尻に唇を寄せた。
ベッドの上で微睡みながら、司書は織田に目を向けた。織田はベッドの端に座りながら煙草を吸っている。
細い腰を眺めながら、司書は、ほうっ・・・・・・と息を吐く。芸術品のように美しい彼の背中にいつも見とれてしまう。細くても男性を匂わす体の線、いつもは三つ編みに結ばれている髪が背中に広がるのを見るのも、司書は好きだった。
彼の薄い唇からふうと紫煙が吐かれる。その匂いに顔を顰めながら体を起こす。
・・・・・・煙草の匂いが苦手だと知っているはずなのに。心の中でぶつぶつと文句を垂れるが直接織田に言うことはない。
「あれ、ここ灰皿ないんやね」
そう言われたのはいつだったか。
織田は初めて司書の部屋を訪れたとき、流れ作業のように煙草を取り出して、さも当然のようにそれを吸いだした。
まだ火はつけてないが、右手はズボンのポケットを弄っている。予想通り、ポケットからはライターが出てきた。
司書が返答を探っているうちに、織田はソファに腰を掛けて、足の間に両手をつきながら煙草を銜えている。
「ごめんなさい。私煙草嫌いで」
そう言いつつ部屋の窓を全開しても織田の目は「灰皿欲しいなあ」と訴えている。彼はここまでずうずうしい人だっただろうか。わざと、はあ……とため息をついてから食堂から灰皿を借りて、織田に煙草を吸わせてあげた。それからというもの、織田は司書の部屋へ来るたび、煙草を一本吸うようになった。何度か苦言をしたが、さらりとかわされてしまい、とうとう部屋に織田の煙草の匂いが染み付いてしまった。なんとなくだが白い壁にヤニがついたような気がする。その時点で司書はすでに諦めて、気が付けば織田専用の灰皿を購入していた。
そんなわけで、喫煙はしない司書が自室にしっかりと灰皿を用意してあるのは織田の為だが、それを伝えるのが癪であるため、火事になったら困るからという理由をつけてやった。織田がけけけと笑うだけでなにも言わなかったのも、なんだか悔しい。
司書は灰皿を睨みつけた。
「あー・・・・・・元気が出るお薬欲しいなあ」
ふと、織田がぼやいた。だらりと丸くなった背が、少し不安だ。
「ダメですよ」
司書は努めて穏やかに言う。織田は肩を揺らしながら煙を宙に浮かべた。紫煙が部屋に溶けて、空気の一部となって散っていく。そしてそのまま壁やソファに染みついて、ずっとそこに居続けるのだ。
「おっしょはんのケチ」
「ええ、そうですよ。ケチです」
司書が気だるげに体を起こし、ぐしゃぐしゃになったシーツを整えながら言った。織田は横目で司書の背中を見ながら、短くなった煙草を銜えなおす。暗闇に浮かぶ白い四肢が艶めかしく動いて、無意識のうちに織田を誘う。
「なあ、ちょっとだけ」
「ちょっとでもダメです」
司書はにべもなく一蹴した。実を言うと織田は、ここで司書が「うん」と頷いたらもう一度交わろうかなどと考えていたのだが・・・・・・。
「はー、しゃあないなあ」
大きなため息と共に、紫煙が吐き出される。織田は灰皿に煙草をもみ消してから、司書の方へすり寄ってきた。司書は織田に背中から抱きしめられて、そのままシーツの上に押し倒された。織田の吐息がうなじをくすぐり、身を捩りながら回された腕に軽く指を立てる。
やはり、彼は細い。頼りない手首だと思うが、司書はこれまで何度もこの細い手に支えられてきた。
錬金術で作り上げた肉体にぬくもりを求め、魂が入っただけの器に愛を囁かれるなんて、奇怪でありとても愚かである。そんなこと、それを作りあげてしまった錬金術師である司書が誰よりも理解していた。それでも司書は織田を手放すことができない。最後はアルケミスト(自分)も彼らも砂に戻るというのに。
織田の手と司書の手が重なり合う。司書が名前を呼ばれ、振り向く。織田の赤い目が司書の瞳に映る。
人間の血は赤、自分たちの体の中に流れる血は黒。人間ではない証。
「なあおっしょはん」
織田が言った。細められた赤い瞳の奥はどろりと淀んでいる。
「あとでいつか、ワシと一緒に本の中に帰ろな。誰にも見つからない場所に行って、そこでずうっとおっしょはんと、名前子とふたりで暮らすんや」
急な織田の誘いに、司書はぽかんと口を開けた。しばらくの間、織田と見つめ合う。非現実的な夢物語に司書の熱が引いていく。この身の結末を知る司書は、そんなもの無理に決まっていると嘲笑う。だが、それでも心の片隅では織田が作る桃源郷に縋りつきたいと思う自分がいる。なら、この体が、愛が朽ちるまで共に。
「うん」そう頷く前に、織田の唇が司書のそれを塞いだ。訊いたくせに答えさせてくれないのは、きっと織田が自分の望む答えは返ってこないと察したからだろうか。
「あ、ぅ……おだ、さ……」
言葉を封じるように舌を舐られ、静まっていた興奮が再び呼び戻される。
重なる織田の掌から血の熱を感じた。瞼の裏側にはどろどろと流れる黒いインクが浮かんだが、体に走る甘露な痺れによってあっという間に弾け散った。
司書はとりあえずすべてを放り出して、織田と「いま」を味わうことにした。
2018*0201