なにしろ幼い頃から奪われ壊されといった生活しかしてこなかったものですから。

 私は少々浮いた子だったのでしょう。低学年のころはよく友人に揶揄されたり物を隠されたりしたものです。けど彼女らは私からなにかを奪うことはするが、それらを壊すことは絶対にしなかったのです。
 だから私は彼女らが嫌いではありませんでした。むしろ彼女らは私に対して、友人という無償の愛を捧げてくれたのです。
 奪われる一方であった私には、これほど嬉しいものはありません。私がその愛に感動してさめざめ泣くと、彼女らは呆れながらも優しく背を擦ってくれたのです。その掌の温かさは一生忘れません。

 くのたまに入学する大半の子は行儀見習いの子であり、残りの子は皆くのいちになるべく、日々厳しい鍛錬に励んでいます。かくいう私も、くのいちになるため、ときには泥にまみれて苦無を振るったり、またあるときには白粉を塗り、習った色を駆使し、町の男を誘い込み情報を得たり・・・・・・。
 皆、目標に向かって互いを励まし合い、互いに喧嘩をして衝突し合い、それでも最後は笑って許しあう。我らくのたまは、卒業までその努力を惜しむことは一切しないのです。

 初めて本格的な色の実習が始まったのは十二歳の頃。
こればかりは才能と慣れです。くのたまの子達は色の難しさに直面しながらも、皆なんとか課題をこなしていったのです。
 隣の席の子が山本シナ先生から色の合格をもらったと嬉しそうに話しているのを尻目に、私はとある忍たまの子のことを考えていました。
 
「忍たまの生徒一人の髪の毛を十本持ってくること」
 これが私の与えられた色の課題でした。誰からもらうか悩んでいましたが、ちょうど同学年の忍たまが近くにいたので、彼から頂戴することに決めました。
その忍たまの名は久々知。下の名前ですが、恥ずかしながらまだこのとき、私は兵助くんの名前を全く覚えていなかったのです。

 兵助くんとは同じ火薬委員会で、ある程度のことは知っていました。ある程度、というだけあって、私は彼とろくに会話すらしたことありません。知っていることと言えば、豆腐のことになるとよく喋る、でも真面目、あと同学年、くらいだったのです。
兵助くんとは二年生のころから、同じ火薬委員会に入っていました。くのたまが委員会に入ることは滅多にありませんが、私の場合、たまたま火薬委員会に入っていたくのたまの先輩に連れられて仕事を手伝い、そしていつのまにか委員会に在籍していた・・・・・・というわけです。
 
 くのたまの先輩が卒業すると、火薬委員会にいる上級生は忍たまの六年生一人のみ。そうなると、忍たまの先輩はわたわたと慌てました。三度目の春がやってくると、先輩は委員会の中で次に年上の兵助くんと私を必死に引き止め、そのまま火薬委員会に居続けるように説得しました。何をしているかわからない委員会だと日頃から言われているため、きっと私たちを逃したらこの委員会は機能しなくなると思ったのでしょう。

 私は特に断る理由がなかったので二つ返事で諸諾しました。兵助くんも私と同じく委員会に残りました。彼とは事務的な会話以外、話したことはありません。あれがない、これを先生に報告した、先輩がこう言っていた、とこのような話ばかりです。
私がくのたまだから彼は警戒しているのだと、私はそう思っていました。そのことに対して別に悲しみとか軽蔑などの感情は湧き上がりません。だってこのとき、私は兵助くんに全く興味がなかったから。
 それでも、彼が時々私を見ていることにはしっかり気づいていたのです。

 無関心でいられたのは委員会二年目の寒い冬のことでした。
私と兵助くんは鍵の壊れた火薬倉庫に閉じ込められてしまったのです。火薬庫のなかは手が悴むほど寒く、私の指は凍ったように冷たく、動きが鈍くなりました。
 その寒さの中、兵助くんは懸命に固く閉ざされた扉を開けようとしていました。白い指が真っ赤になるまで扉を押し、声を上げました。けど、もうすでに外は暗く、皆食堂で夕食を取っているころです。
 そのなかで気付いてもらえるのにはかなり時間がかかるだろうと、私は思い、とうとう諦めて扉のすぐ近くのすみっこに腰を下ろし、壁に寄り掛かりました。
 兵助くんも諦めたのか、扉を押すのも蹴るのもやめました。暗い火薬庫に彼の荒い息遣いが響き、寒さのあまり吐き出す息も白くなっていました。

「座ったら」

 私は彼に言いました。彼はこちらを見た後、少し迷いながら扉に凭れるように座り込みました。
どのくらい時間が経ったでしょうか。外はどっぷりと夜が更け、人の気配すらしません。
もうここで夜を明かすことになるだろうと覚悟し、兵助くんを呼びました。
 彼は膝を立て、そこに腕を置き、じっと俯かせていた顔を上げました。唇の色が変わり始めていることにびっくりして、私は自ら兵助くんの方に移動しました。
 平助くんの隣に腰を下ろすと、彼はびくりと肩を強張らせて、背を仰け反らせました。それを無視し、私は兵助くんの腕に手を回しました。

「え、あの、」
「これからもっと寒くなるから、くっついていたほうが少しは温かいから・・・・・・嫌だろうけど我慢して」

 私が兵助くんの耳元で言うと、彼の耳は真っ赤に染まっていきました。耳元で囁いたことに意図はなかったのですが、身も心も成熟していた私は彼の気持ちを機敏に察したのです。

「あ、あのさ・・・・・・」
 
 からからに乾いた喉から必死に絞り出した、というのがよくわかる声音でした。

「だ、誰にでも、その、こういうことしてるの・・・・・・? 寒いからって、そうやって男に抱きついたり、ふざけてくっついてきたり・・・・・・し、てないよね・・・・・・?」

 くのいちなのだから色を使うのは当たり前であり、女の最大の武器。忍者の卵でありながらまだ純粋さを残す彼の質問に小首を傾げました。
 多分、彼は自分の好きな女が男心を弄ぶようなやつではないと、信じたかったのでしょう。哀れであり、なんて可愛いのだと、私は打ち震えました。

 そのとき滅多にない加虐心が、つい顔を出しました。私は彼の右手にある、恐らく授業で切ってしまったのだと思われる苦無の傷跡に触れて、じっと黒い瞳を見つめました。すると彼は顔も手も真っ赤にして、ついには頭を下に向けてしましました。ゆでたこ状態と正にこのこと。可笑しくて、その純粋さを嘲笑おうとしたのに、出てきたのは柔らかい微笑み。吐息に混じった笑い声に、彼は赤い顔のまま、目を丸くして私のほうを見ていました。

「してると思う?」
「え?」
「私が他の男の子に抱きついたり、こうやって手に触れたりするの。久々知くんはしてると思う?」
「・・・・・・色を使うときくらいは、そういうことするんじゃない、かな・・・・・・」
「うん。するね」
「・・・・・・うん、だよね・・・・・・じゃあ、授業以外では?する?してないよね?」

 身を乗り出して訊ねる彼の顏は真剣で、いかに彼が私のことを気にかけているのかがよくわかりました。もともと、私は愛というものに無縁に生きてきました。それゆえ、他人の好意というものに飢えていたのです。
ぽっと、蝋燭に火が灯るような柔らかい温かさが、私の胸に宿ります。

「してない」
「そ、そっか・・・・・・ごめん、変なこと訊いて・・・・・・」

 彼はどことなく嬉しそうでした。

 後から聞いてのですが、彼は私が笑った顔を見たのはこれが初めてだったそうです。いつも口一文字で過ごしていたから、笑わない子だと思っていた。と、彼は言っていました。 

 握りしめている彼の手が汗ばんできます。余程緊張していたのでしょうね。体温が上がった彼の体から暖を取るために、私は紺色の肩に凭れて、そのまま目を閉じました。

 ようやく、火薬庫の扉が開けられたとき、私は寒さも忘れて温かい夢の中に落ちていました。友人からは、あんな寒いところで寝るなんて馬鹿ねと叱られました。けど、寒さなどどうでもいいくらい、彼の隣は居心地が良かったのです。
 
 それからというもの、私と彼は委員会以外でも話をするようになりました。思春期の男女が揃えば、恋が芽吹くと言うもの。私と兵助くんは四年生に進級したと同時に恋仲になったのです。
 奪われてきた私が友の次に与えられたもの、それは愛だったのです。